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lively_bear225
『読むと書く』は、全く別の行為
今までずっと、『読む方の人生』を歩んできました。
日記をつければ三日坊主。
しゃべるのも苦手、聞く一方。
読むと聞くの専門家、だった私が、ある本から『しゃべらない生き方を選んでもいい』という言葉をもらってから、「そうか、しゃべれなくてもいいんだ」と悟って、随分楽になった。
すると不思議と、しゃべることにもあまり躊躇しなくなった。(いまだに上手くはありませんが…。)事前にいちおう準備をしておけば、話すことも、『なんとなく淡々と言いたいことを伝えられる』ようになった。
そして、読む専門の私が書くことにトライしたくなったのは、聞くばかりの私がしゃべりたくても喋れないもどかしさを、書くことは補ってくれるから。
口頭で伝えなくても、書けば気持ちを表現できるから。
これってすごく、”自分らしくてものすごく嬉しいこと”だって思う。
もう快感の域に達してる行為だと思う。書くのは快感なのか…知らなかったな。
苦痛であり、快感?だからハマるのかな。
だんだん大人になってきた証拠かしら。心はまだまだ9歳の少女のままだけれど…(笑❗️)
書くという行為は深いのですね。
掘っても掘っても掘り当てることのない鉱脈のように…。
嗚呼、言葉を知らなすぎる。知見のなさが露呈してしまう。
書けば己の知識の浅はかさに恥ずかしさが込み上げ赤面する。
書く人はこの恥ずかしさと戦っているんだ、と気づきました。
この恥ずかしさを知ってしまった以上、書き続けたいと思いました。
恥ずかしいです‼︎
