『術式第5話:教育ノ書』
「本当にそれ、教わったの?」
その言葉に、千葉達は黒目をそらした。無影燈の光の下、この術式はこの病院で教えられていた。もはや自分の手から動いたことではなかった。
補給ロッカーから手に入れたログデータには、怪しいPDFファイルが含まれていた。『教育ノ書』――編集ver.0.9』。字のにじみは古く、数年前のものに見えた。
成城大学病院内、「教育マニュアル」のファイルを発見したのは、病院法務部の結城佳乃だった。これはとある文書割り案件の検索中、サーバ内の変更履歴をトレースする過程でたまたま発見された。
芦名吉信は結城から内部推薦として交付されたUSBデバイスを受け取ると、自身の研究室でその中身を確認した。
PDFビューワーが開き、第1頁を開いたとたん、相当な精富な手続きの手本が表れた。入陰時間の短縮、麻醉分量の細切な採分、同時手術数の最適化。それは、命を拾うための技術ではなく、「選別して送る」ための製程書だった。
書籍は全体で591頁。名前は無かったが、編集者の部分に「香川秀明」の名前が覚されていた。その540頁の小段。こう書かれていた。
「血液の合理化により、『その味方』は選択されるべきである。命は補足されるものではなく、配分されるものだ。」
芦名は郵送されたファイルを確認するため、微電子分析のエクスパートに持ち込んだ。確かに、そのファイルは数回修正され、さらに出漏の日付が補完されていた。再書きの跡。不正な記録の首当とも可能だった。
「教育」の540頁は、データとしてはただの表々しであるが、その背後にあるインフラは、生きるか死ぬかを分ける。
芦名は結城佳乃に問い掛ける。 「これを公表すれば、病院は終わる。しかし、隠せば、また死ぬ。」
結城は静かにうなずいた。
「我々は警告を繰り返してきました。今後、これは、医療のルールの問題です。」
最後に、芦名は記者会見の措いをとる。ファイルを持ち、パネル前に立つその相は、「教育」の裏面にある「命令」を見すえていた。
「これは、もはや医療じゃない。命令書だ。告発する。」
夜の75階。無影燈が静かにその背中を照らした。
