2026.4.10 金 昼 「誕生日に届いた、たった一輪の意味」

咲かないと思っていた。
もう何年も、ずっと。

それでもその日、たった一つだけ、
花は静かに準備をしていた。

人と比べてしまう気持ちも、
報われない時間も、
全部見ていたかのように——。

庭のオオデマリの葉が、新芽からやわらかな緑へと変わり、木全体が賑やかさを取り戻していた。

この木を迎えてから、気づけば10年近くが経つ。
最初の2年ほどは白く美しい花を咲かせてくれたが、それ以降は葉ばかりが茂り、花を見ることはなくなってしまった。

きっと土や肥料の与え方が良くなかったのだろう。
一昨年には挿し木で3鉢に増やしたが、それでも花は咲かなかった。

小ぶりのアジサイのように咲く白い花が好きで植えたのに、長い間その姿を見られないことに、どこか申し訳なさと寂しさを感じていた。

散歩コースにあるお宅のオオデマリを見るたびに、つい比べてしまう。
新芽の出る早さも、葉の茂りも、やはり向こうの方が良いように見える。

「いや、うちもそんなに変わらないはずだ」

そう言い聞かせながらも、心のどこかには小さな嫉妬があった。

数日後、そのお宅の前を通った時、思わず声が出た。
木全体よに、びっしりと蕾がついていたのだ。

まるで一斉に花開く準備を整えたようなその姿に、圧倒された。

「これは敵わない」

そう思った。
そして同時に、自分の木に対して申し訳なさも感じた。

だがすぐに気持ちを切り替えた。
たとえ自分のものでなくても、あの美しい花をまた見られることに感謝しよう、と。

その日、庭で水を撒いていると、鳴子百合が元気よく芽を伸ばしているのに気づいた。

もみじもまた、前日より大きく葉を広げている。

確かに春は来ている。

そして水を撒き進めたその先で、ふと足が止まった。

水仙の葉に隠れるように置いていたオオデマリの鉢に、
たった一つだけ、蕾がついていたのだ。

思わず胸が熱くなった。
何度も見直したが、やはり蕾はその一つだけだった。

それでも、その一つはあまりにも大きな意味を持っていた。

何年も咲かなかった木が、ようやく見せてくれた小さな兆し。
それは、静かで確かな喜びだった。

奇しくもその日は、自分の誕生日でもあった。

まるで、咲かない花を残念に思っていた私に、
天がそっと用意してくれた贈り物のように感じられた。

何も手をかけなくても毎年芽吹く鳴子百合も、
何年越しかで蕾をつけたオオデマリも、

どちらも同じように、
私の心を豊かにしてくれている。




詩 : 「ひとつだけ」

咲かない時間が
長かったから

そのひとつは
とても重い

誰かの庭の花に
心を揺らしながら

それでも
ここで生きていた

見えないところで
準備をしていた

ひとつだけでもいい
咲いたことがすべてだ

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