☕ちょっと一服:削岩機の音と『Decades』――ジョイ・ディビジョンと過ごした冬の記憶
冬になると、なぜか Joy Division の『Closer』が聴きたくなります。
なかでもラストの 「Decades」 は、高校生の頃からずっと、
私の胸の奥深いところを震わせ続けている曲です。
今思えば、このアルバムは本当に不思議な存在です。
メンバーの生々しい演奏の気配は極端に削ぎ落とされ、
音はどこか、冷たい石造りのホールに置かれた彫刻のように響きます。
一音一音がまるで作品そのものとして立ち上がり、
誰の感情にも頼らずに、ただそこに“いる”。
その無機質さが、逆に心に沁みてきます。
そんな音の空気に導かれたのか、
高校生の私はある日、とても無謀で、とても自然な実験をしたくなりました。

■ 削岩機の音を録音して、重ねてみた話
当時、家の近所で道路工事が続いていました。
歩道のコンクリートを砕く 削岩機の“ガガガガ……” という音が、
毎日のように街に響き渡っていました。
今のようにパソコンも録音ソフトもない時代です。
手元にあったのは、雑誌の付録で手に入れたような小さなレコーダーだけ。
それでも気になって仕方がなく、
私はそのレコーダーをポケットに忍ばせ、
工事現場の横をそっと通り抜けながら
工業ノイズのフィールドレコーディングをしてみました。
その日の夜、カセットデッキで『Decades』を流し、
録音した削岩機の音を上から重ねて再生してみました。
本当にただの思いつきでした。
ところが――聴こえてきた音には、驚くほどの“正しさ”がありました。
遠くで巨大な工場がゆっくりと動き続けているような、
世界の終わりの向こうから届くような、静かな振動。
『Decades』がもともと持っている静謐な空間に、
削岩機の金属的なパルスが吸い込まれるように馴染んでいきました。
Joy Division の音楽には、いつだって都市の影や湿った空気が漂っています。
だからこそ、この“日常のノイズ”が違和感なく入り込んだのだと思います。
■ 音楽は、あの頃の空気まで封じ込めてくれる
いま振り返れば、あれは技術的には何も特別なことではありません。
でも、あの冬の曇り空や、工事現場に漂う粉塵の匂い、
そして、まだ何者でもなかった自分――
そういったすべてが『Decades』の沈んだ旋律と結びつき、
ひとつの風景として私の中に残り続けています。
音楽には、時間そのものを封じ込める力があります。
そしてときには、その横にひっそりと
ノイズの記憶まで保存してくれることがあります。
だから今でも冬になると、
遠くで削岩機が動き始めるような幻聴とともに、
『Decades』のイントロを思い出すのです。
■ 締め
誰に聞かせるわけでもない、小さな実験でした。
それでも、人生のどこかで確かに響き続けている音があります。
Joy Division を聴くたびに、あの冬の微かな振動が、
いまも胸の奥でそっと再生されるのだと思います。
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