未来は見ないで(お笑い編1)
昔のことだけ話したっていいから。
例えばお笑いのこと。
初期衝動
初期衝動についてはかつて別記事で書いた爆笑問題だった。
時事漫才というスタイルとシンプルに時間が長いというフォーマットが自分にとって斬新だったのだろう。
この頃はコント漫才とショートネタしかテレビでは見られなかったような気がする。
また、漫才の書籍が多かったことも珍しさの一つだった。本棚の半分くらいを爆笑問題関連の本で埋めていた。「日本原論」シリーズ・「日本史原論」シリーズは今読んでも、十分勉強になる。(面白いかどうかは別。その時代時代の笑いの空気があるから全時代的である必要はない)
これだけテレビに出ていながら、漫才にどっしりと軸足を置いて活動をしているその姿に非常に魅了された。
これをコントで感じたのがラーメンズだった。
構造の多彩さ、小道具や衣装のスタイリッシュさ、テレビに出てこない職人肌。自分が知っているのとは完全に異質な芸人として心を掴まれた。
また、こちらもコント台本が書籍化されている。ネタ台本が俺は好きなようだ。面白いものが芸術として認められた感じがする。
また、言葉だけでも笑いがとれるほど精密に会話を構築している芸術家のこだわりもカッコいい。
この思想のせいで、台本がよければ絶対にウケると勘違いして高校の文化祭でコントをしたり、大学で短編舞台をやって、思った通りの反応がなくて相当に病んだ。
爆笑問題もラーメンズもどちらもネタが強いうえに表現力も圧倒的だ。ラーメンズは言わずもがなの範囲だが、太田光の語る力はすごい。年齢を全く感じさせないスピードに緩急・抑揚をつけながら笑いどころをしっかりと際立たせていく、これは自分が演出を始めるようになってから気づいたことだった。
帝王・痴豚
中学に入ってから、お笑いを見る量が一気に増えた。
爆笑問題を起点としたツービート、とんねるず、ネプチューン、くりぃむしちゅー(海砂利水魚)など東京お笑いの源流を遡るDIG
ラーメンズを起点としたバナナマン、おぎやはぎ、東京03、バカリズムなど舞台コントの覇道を極めた芸人を改める流れ
ネタとバラエティとでお笑いの一通りを網羅したつもりだった自分が
見逃していたコンテンツ。ラジオがあった。
爆笑問題・ラーメンズ(片桐だけだが)・おぎやはぎ・バナナマンにハマればもちろんJUNKを聴くようになる。
そこで次の衝撃を受けたのが伊集院光だった。
クイズ番組に出てるなんだか分かんない人。
芸人っていうけど、昔ちょっとネタやってて今はタレントルートの人でしょ、くらいに思っていたら、とんでもなかった。
トークが尖りまくってる。あらゆる方面を貶し、妄言奇言でボケまくり、それでもエピソードに綺麗なオチがつく。なんだこの芸術。カッコよすぎる。
また、コーナーに送られてくるネタのクオリティも高い。タブーコンテンツの扱い方やニッチなニュースのちょうど脳みその隙間からほじくりだされるような気持ちよさ、ユーモアの構造からハックしにいくような挑戦。これまでのテレビというメディアからは受け取ったことのない笑いの感動が与えられた。
爆笑問題・ラーメンズ・伊集院光を基盤にして
ユーモアのセンスを確立させてきた。
大学生になってまた別の種類の衝撃を受けるが、この記事は一旦ここまで
