彼に送れなかった1枚の便箋

彼に手紙を送った。
封筒の中には、3枚の便箋を入れた。
でも、本当はもう1枚、書いていた便箋があった。
その1枚だけは、同封しなかった。
きっかけは、彼とのある日の会話。
「自分はこういう仕事をしているから」
「男だから」
「お酒を飲んだら、何かあるかもしれない」
そんなふうに、環境や立場を盾に、まだ起きていない未来の可能性について話をされた。
その場では、うまく言葉にできなかった。
でも、家に帰ってからも、その言葉がずっと残った。
私は何が嫌だったんだろう。
何に傷ついたんだろう。
考えているうちに、どうしても書きたくなって、1枚の便箋に自分の気持ちを全部書いた。
「未来のことなんて、誰にも分からないと思う」
「明日何が起こるかも、明日誰かを好きになるかも、誰にも分からない。それは私だって分かってる」
「でも、だからといって、今一緒にいる相手に、起きてもいないことをわざわざ想像させる必要があるのかなと思った」
「私は、あなたに絶対に何も起こらないと約束してほしいわけじゃない」
「ただ、私のことを好きで一緒にいる今くらいは、その関係を大切にしていてほしい」
そんなことを書いた。
そして、
「私はあなたのことが大好きだし、人として尊敬している」
「だからこそ、そんなことを言うあなたを見たくなかった」
「私は、あなたにはもっと自分のことを信じていてほしい」
そんな気持ちも書いた。
かなり正直に。
たぶん、その時の私は、それだけ悲しかったんだと思う。

でも、書き終わってから読み返してみた。
すると、ふと思った。
これは、あくまでその時の私が、そう感じたという話なんじゃないか。
彼が何を考えていたのか。
なぜそんな話をしたのか。
本当は何を伝えたかったのか。
それは、私には分からない。
私は自分の受け取った言葉から、
「こういうことなのかな」
と考えて、傷ついた。
でも、それが彼の本当の意図だったとは限らない。
だから、この1枚をそのまま手紙に入れて送りつけるのは、なんとなく違う気がした。
私の解釈だけで、
「あなたはこういうことを言ったよね」
と結論をつけてしまうのではなく、
一度、本人に聞いてみたいと思った。
「あの時、あの話をした時、あなたは何を伝えたかったの?」
って。

だから、この1枚は送らずに、私の手元に置いておくことにした。
3枚の便箋は彼に送った。
でも、この1枚だけは送らなかった。
いつか会った時に、
もしこの話をすることがあれば、
その時に直接渡そうと思っている。
「私はあの時、こう感じたんだよ」
と。
そして、その上で聞きたい。
「あの時、あなたは何を思って、私にあの話をしたの?」
私は、その答えをまだ知らない。
だからこそ、勝手に答えを決めないでおきたい。
あの日の私がどう感じたかは、この便箋にちゃんと残っている。
でも、彼が何を伝えたかったのかは、彼にしか分からない。
だからこの1枚は、
彼に送れなかった手紙というより、
いつか本人に直接聞くために、私が手元に残しておいた1枚
なのだと思う。

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