ホウトンの黄色い壁

台湾のホウトンという猫村に、黄色い猫グッズの土産屋があった。

駅から猫橋を渡って左の通り。観光客向けの土産屋が並ぶ中でも、あの店はやたら黄色く雑然としていて、正直そこまで洗練されてはいなかった。Googleレビューを見れば「店員の態度が悪い」「追い出された」だの散々なことが書かれている。後から知った話だが、どうやら世間的にはあまり評判の良い店ではなかったらしい。

だが、不思議なことに僕には優しかった。

なぜだかは分からない。店員の機嫌がたまたま良かったのか、僕の猫を見ている顔が間抜けだったのか、とにかくその人は商品について色々と教えてくれたあと、店先をうろつく痩せた野良猫を指して「タオマオ」と教えてくれた。
台湾華語なのか、土地の口語なのか、その辺は曖昧なままだが、くたびれた猫、痩せこけた猫、そんなニュアンスらしい。語感が妙に気に入って、僕はその単語だけを日本まで持ち帰った。

タオマオ。

言葉というのは変なもので、キーホルダーより残る。レシートより残る。写真より、時に残る。

先日ふと思い出してその店を調べたら、閉業していた。

ああ、無くなったのかと思った。
少し寂しかった。
だが同時に、いや本当に無くなったのだろうかとも思った。

店は閉まる。看板は外される。黄色い壁もいずれ別の色になるだろう。現地の人間にとっては数ある一店舗の終わりでしかない。観光客もすぐ忘れる。

それでも、台湾のホウトンで、評判の悪い黄色い店に入り、店員からタオマオという一語を教わった日本人がここに一人いる。その人間が勝手に思い出している限り、あの店は本質的には無くなっていないのではないかとも思う。


世界中の誰にも共有されていない記憶というのは案外しぶとい。地図から消えても、営業を終えても、レビュー欄が荒れていても、自分の中だけで細々と居座り続ける。

ホウトンの黄色い店は閉業したらしい。
しかし痩せた野良猫を見つけるたび、タオマオという変な響きと一緒に、あの黄色い壁がふと蘇る。

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