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土日に雑巾を絞る哀しき奴隷たちへ/家事代行「ベアーズ」の美名に透ける、現代人の時間貧困と偽りの家庭像

休日に便所を磨いて終わる人生に、いつまで「丁寧な暮らし」と嘘をつくのか。



土日に雑巾を絞る哀しき奴隷たちへ


家事代行「ベアーズ」の美名に透ける、現代人の時間貧困と偽りの家庭像



平日の五日間、満員電車に揺られ、理不尽な組織の歯車として身を削る。ようやく迎えた土曜の朝。眩しい日差しを浴びながら手にするのは、淹れたての珈琲ではなく、油汚れでぬめる換気扇のファンと、便器の奥をこするブラシ。


平穏を求めて手に入れたはずの「我が家」が、週末を迎えた途端に過酷な清掃工場へと変貌する。掃除機をかけ、溜まりに溜まった洗濯物を干し、シンクに山積みになった食器を洗うだけで、陽は無情にも西へ傾く。これで一週間が終わる。「丁寧な暮らし」「家族のための時間」。そんな反吐が出るような自己欺瞞のキャッチコピーで己を慰め、月曜の朝にまた死んだ魚のような目で出社していく。


現代人のなんと滑稽で、哀れなことか。


「家事代行サービス・ベアーズ」。年間六十万件の実績、顧客満足度九十六・二パーセント。創業者が掲げる「家事に悩む方々を支えたい」「家族の笑顔を増やしたい」という甘やかなスローガン。メディアはこぞって「新しいライフスタイル」「頑張りすぎない生き方」と持ち上げる。


耳触りの良い美談の包装紙を一枚剥がせば、そこに転がっているのは極めて冷徹な資本主義の真理。すなわち、「時間貧困に喘ぐ現代人が、他人の労働力を金で買い叩いて延命するシステム」。


「自分でできる家事を他人に頼むなんて、贅沢だ」「主婦として、あるいは親としての怠慢ではないか」。いまだにこの国には、昭和の亡霊のような精神論を振りかざす手合いがうごめいている。反吐が出る。食品機械の設計現場にいればよく分かる。歩留まりの悪い非効率な工程を手作業で維持し続けることなど、美徳でも何でもない。ただの知的な怠慢であり、思考停止。


自分の時給を計算してみるがいい。休日の貴重な三時間を、腰痛に耐えながら風呂場のカビ取りに費やすコスト。その三時間を数千円の対価でプロに丸投げし、己の脳髄を休ませるか、子供の目を見て話す時間に変える。どちらが合理的か、小学生でも分かる算数。


ベアーズが誇る「専任スタッフ制」と「自社雇用研修」。


七つのプログラムを叩き込まれたスタッフが、留守中の部屋に入り、依頼主の細かなこだわりを読み解いて床を拭き、水回りを磨き上げる。中には、政府認定機関で過酷な訓練を修了したフィリピン人スタッフもいるという。世界最高峰の家政婦大国で鍛え上げられた技術。


他人の家の汚れた下着を仕分け、油にまみれたコンロを削り、赤の他人の便器に顔を近づけてブラシを走らせる。それを「笑顔と真心」で包み込んで提供するプロフェッショナルたち。その圧倒的な技術と労働に対して、われわれはどれほどの敬意を払っているのか。


「感動度百二十パーセント」などという抽象的な言葉で煙に巻く前に、見つめるべき現実がある。このサービスが繁盛すればするほど、この社会の労働環境が限界に達しているという逆説。共働きで夫婦揃ってすり減り、高齢化で老いた体が悲鳴を上げ、産前産後の母親が孤立無援で追い詰められている。行政が匙を投げた家庭のセーフティネットを、民間の一企業が「お助けビジネス」として回収している構図。


もちろん、ベアーズ側の手堅い商売の匂いも見逃せない。初回利用の「在宅必須」という縛り、マネージャーの同行、前日十七時を過ぎれば容赦なく徴収される百パーセントのキャンセル料、駅から一・三キロ以上で機械的に加算される四百四十円のバス代。


徹底したリスクヘッジと算盤勘定。だが、それでいい。ビジネスとは本来そういうものだ。愛や優しさといった生ぬるい感情だけで、赤の他人の生活空間を維持できるはずがない。


「他人に家の中を見られるのが恥ずかしい」


そんな小汚いプライドを抱えたまま、ホコリの積もった棚を眺めてため息をつくくらいなら、さっさとその見栄をゴミ箱に捨てて鍵を預けろ。他人の労働を買い、己の時間を買い戻す。それは決して恥ずべき逃避ではなく、崩壊寸前の現代を生き延びるための、最も泥臭く現実的な自己防衛。


プロが磨き上げた床は、驚くほど冷たく、そして静かに光る。そこに残るのは「家族の温もり」などという安っぽい幻影ではない。金で贖われた、束の間の静寂と尊厳。その冷徹な価値を理解できる者だけが、この資本主義の回廊を正気で歩き続けることができる。


〈了〉


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