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”一寸一息”善人面した時代を笑い飛ばせ――小川真由美という猛毒の華に捧ぐ:生きた金魚を噛み砕き、我が子の怨嗟すら業に変えた「最後の怪物」

善人面したこの時代に、姐さんの猛毒と色気が死ぬほど恋しい。


善人面した時代を笑い飛ばせ――小川真由美という猛毒の華に捧ぐ



生きた金魚を噛み砕き、我が子の怨嗟すら業に変えた「最後の怪物」



【本文】


小川真由美が逝った。享年86。

この報せを聞いたとき、世間の追悼記事が「あでやかな名女優」「昭和を彩った名優」などと、ありきたりの生ぬるい言葉でこの人を飾り立てようとしているのを見て、へどが出るような違和感を覚えた。冗談じゃない。そんな無菌室の消毒液みたいな言葉で、小川真由美という怪物が語られてたまるものか。


彼女は「綺麗な女優」などという枠組みに収まるタマではなかった。もっと禍々しく、手がつけられないほど艶っぽく、己の命も周囲の平穏もすべてすり潰して芸の肥やしにした、業の塊のような人だった。


近頃の芸能界を見渡してみろ。好感度とコンプライアンスに首輪をつけられ、スキャンダルを恐れて右顧左眄する小粒なタレントばかりじゃないか。SNSの顔色を伺い、当たり障りのないコメントを吐き出し、誰も傷つけない代わりに誰の心にも爪痕を残せない。そんな去勢された時代に、小川真由美の残した足跡を突きつけてやりたい。


映画『食卓のない家』で、精神を病んだ女を演じるために生きた金魚をバリバリと素手で掴んで貪り食ったあの狂気。スタッフが気を利かせて菓子で作った偽物の金魚を用意したのに、「そんなもんじゃ感情が乗らない」と本物を噛み砕いたという。狂気と呼ぶのは簡単だ。だが、そこまで己の肉体と精神を削り出し、役という名の悪魔に魂を売り渡せる表現者が、今の日本に一体どれだけいるというのか。


『八つ墓村』の鍾乳洞で見せた、あの白塗りの狂女の顔が今も網膜に焼き付いて離れない。萩原健一を追い詰めるあの凄まじい形相は、単なるサスペンスの枠を軽々と飛び越え、人間の心の奥底に眠るドロドロとした情念そのものをスクリーンにぶちまけていた。『復讐するは我にあり』で魅せた、死の匂いを漂わせる宿の女将の爛れた色気。『積木くずし』で見せた、娘の非行に狂乱する母親の生々しい叫び。彼女が画面に現れるだけで、平穏な日常のメッキは音を立てて剥がれ落ちた。


私生活だって、お行儀の良い聖人君子とは対極の人生だった。

娘の小川雅代から『ポイズン・ママ』などという告発本を叩きつけられ、育児放棄だの派手な男関係だの宗教傾倒だのを世間に晒された。普通なら世間体に縮こまり、涙ながらに釈明会見でも開くところだろう。だが、彼女はそんな世間の物差しなど鼻で笑うかのように、2008年には真言密教で得度して尼僧「小川美祥」になりながら、平然と「女優は開店中」と言い放ってみせた。


母親として失格だったか? 世間的には大失格だろう。道徳の教科書に載せたら即座に焚書ものだ。だが、表現者としての小川真由美は、その自らが撒き散らした毒も、他者から浴びせられた泥水も、すべて飲み干して血肉に変えていた。倫理的に正しい人間が、必ずしも胸を打つ表現を生み出せるわけではないという冷酷な真理を、彼女はその無頼な生き様をもって証明していたのだ。


文学座の駆け出し時代、あの杉村春子から「下手くそ」「あなたの演技には付き合えない」と徹底的に叩きのめされ、それでもへこたれずに杉村の首筋に食らいつくようにして這い上がってきた叩き上げの業。大御所になっても『トリビアの泉』で「屁負比丘尼」を命がけで怪演し、タモリたちを唖然とさせたあの突き抜けたプロ根性。彼女にとって、演技とは生きることそのものであり、善悪や品行方正などというちっぽけな境界線をとっくに超越した場所にあった。


晩年は鹿児島の地で静かに暮らし、日本アカデミー賞の授賞式にも姿を見せず、風のように逝ってしまった。家族とも疎遠になり、世間から見れば「孤独な最期」と哀れむ向きもあるかもしれない。だが、それもまた俗物の浅知恵というものだ。彼女は最初から、群れることなど望んでいなかった。己の孤独と狂気だけを道連れに、最後まで小川真由美という看板を一人で背負いきって幕を下ろしたのだ。


綺麗なだけの役者など、掃いて捨てるほど湧いてくる。

だが、己の泥水を極上の美酒に変え、観る者の喉元に容赦なく流し込んで泥酔させるような役者は、もう二度と現れないかもしれない。


小川真由美姐さん。

あなたの放った強烈な猛毒と、その奥底にあった凍えるような孤独の体温に、私たちはどれほど痺れさせられ、魂を揺さぶられたことか。

あの世の閻魔だろうが仏だろうが、その圧倒的な色気と怪演で存分に翻弄してやってください。

心からの敬意と、最大の感謝を込めて。


〈了〉



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