水辺
先日、書架整理をしていたら、ダニエル・キイスの『24人のビリー・ミリガン(上)』が、日本の小説家の「T」の並びに挟まっていて、何故、ここなのかと、妙に可笑しくなってしまった。いつだったか、配架を手伝ってくれたトチオカさんが、私の目の前で、原子核物理学の本を、医療関係の実用書が並ぶ棚に入れようとしているのを見た時があって、この時は、申し訳ないけれど、声を立てて笑ってしまった。「ト、ト、トチオカさん、それは、どう見ても、そこではないような・・・。ページを、めくってみてください、
『体の不調を治す』の隣に置くにしては、ありえないような数式が並んでいると思いませんか。そんなの見たら、みんな余計に具合が悪くなってしまいます」(笑)
この日のトチオカさんは、寝不足続きで朦朧としていたにもかかわらず、親切に手伝ってくれた。けっしてトチオカさんを嗤いたかったわけではない。ただ、実用書だと思って漫然と開いた頁に、原子核物理学の数式が並んでいたら、その人は、一瞬、精神的な迷子になってしまうだろうなと思って可笑しかったのだ。トチオカさんも、自分のミスに大爆笑したので、自習中の学生たちの手前、お互い、ハッとして口に手を当てた。
冒頭の話に戻ると、ビリー・ミリガンとは実在の人物で、多重人格障害による犯罪をめぐり、過去の裁判で非常に話題になった人らしい。二重人格どころか、24もの人格が目まぐるしく入れ替わり、その中の凶悪な性質を持つ人格が引き起こしてしまった犯罪に対し、ビリーの中のその他の人格も、共に罪を負うべきなのか、そもそも、これは「誰の罪なのか」ということが裁判で争われた。よく言われることだが、ビリーの場合の人格乖離も、幼児期の父親からの凄まじい虐待によって発現したものらしい。
本を書棚に戻した後、同じシフトに入っていたモグちゃんに、「私も、自分の人格が、けっして統一されたものとは思えない気がするのだけれど、24もの人格が、徹底的に、しかも完全に入れ替わってしまう人生を生きるのって、すごく辛かったでしょうね」と思わずつぶやいてしまった。
「借りて帰って、一度、しっかり読んでみたらどうですか」とモグちゃんに勧められたので、今、読んでいる本を読み終わったら、借りてみようかと思う。でも、辛そうだなぁ・・・。
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さて、そんな話を胸に抱えたまま帰宅し、深夜にnote を散策していたら、同じダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』の記事を目にしました。読了した記憶はないのですが、学生の頃に、冒頭の写真に載せたペーパーバック版を生協の書店で購入していたことを思い出しました。
当時18歳(遠い目。笑)。購入した理由も覚えています。この表紙の写真が訳もなく好きだったのです。この物語がハッピーエンドではないのは知っていたのですが、私にとって、この水辺に佇む二人の様子は、なぜか、理想の幸せ、を感じさせるものでした。
今も「小舟」のイメージが好きなことと、それはどこかで繋がっているのでしょうか。自分では与り知らぬ何か、です。
もしかしたら、
私の中の、「眠れる人格」だけが知っている秘密なのかもしれません。
