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【廃線】わずか16年で廃線となった三蟠軽便鉄道の痕跡を走る

岡山の鉄道史でエポックメーキングな出来事といえば、1910(M43)年の宇野港と宇野線が同時に開業した事であろう。それまでは岡山市の玄関口として商工・遊楽の中心地であったのは岡山市の京橋港であったが、その外港・三蟠港はこの開業を脅威とし対抗措置として、1915(T4)年に軽便鉄道を敷設するがその後の道路網の整備や乗合バスの台頭で僅か16年で廃線となってしまった。
撮影日 2024.4ほか


三蟠港駅が残っていた

この廃線も近年復元や解説板を設けるが実痕跡は少ない
1915(T4)年に京橋にある岡山ガスへの石炭輸送を主目的に
「三蟠港」から「桜橋」で開業
その後旅客利便向上の為「国清寺」まで延伸し
岡電とも接続するが1931(昭和6)年には廃止となる。
何やら桜橋あたりの貨物の線形も気になります。
大正10年の岡山市街地図
三蟠軽便鉄道の当初の終点は「桜橋」だが計画線では
門田屋敷あたりまで伸びている。
岡山電気軌道も計画線を「東山」まで伸ばし互いの
接続を目論んだ。実は西大寺軽便鉄道も「国清寺」への
延伸免許を取得していたが用地取得の見通しが立たず失効してしまい
「後楽園」側へ伸ばす事に。
軌間も異なる3社がここ京橋を目指すのは
商工・遊楽の全てが集まる
岡山の中心地だったからであろう。
三蟠港も児島湾に面する岡山の外港としての役割を担い
順調に取り扱い量を増やしていたが
宇野港・宇野線の同時開業で状況が一変してゆく
三蟠駅の母屋は今も釣り具屋として残る
軽便鉄道の資料館としての展示もあるの立ち寄る
駅で使っていたダルマストーブ
官報
周辺情勢の変化で経営は苦しく、道路用地などへの収容や
買い上げが決まると乗客への告知もなく
突然運休しそのまま廃止となる。
廃止後コッペルは日本硫黄沼尻鉄道へ
三蟠駅舎裏手に起点が復元されていた
軌間は762mm

三蟠港から上ってゆく

三蟠駅前に石炭の積み下ろしヤードがあった
港としての規模はかなり大きかった
浜中駅の復元駅名標
軌道敷はないが位置はかなり正確らしい
風景はあまり変わっていないのかも
畑のお爺さんより
このラインはほぼ軌道敷らしい
柿の木の左に軌道敷があったとの事
沖田神社は干拓地の総鎮守で多くの参拝客を集めた
その最寄り駅なので「宮道駅」
海水浴場へもこちらが便利だったとか
現在もバス停がある

住宅地で痕跡を探す

宅地化されると軌道敷きを追うのはむずかしい
ここが下平井駅…かも
地型も怪しいので調べてみた
法務局で和紙図をあたる
旧土地台帳で三蟠鉄道と確認!
現地でのヒアリングも大切
ここが下平井駅と証言をもらう
この地型も怪しいね
地番146-2
三蟠軽便鉄道により大正4年に収容され鉄道用地になっている
空き地として残る場所は少ない
激安スーパー「ラ・ムー」裏に嬉しい痕跡が残っていた
許可を得て撮影
三蟠軽便鉄道の橋跡(アバット)
よく100年以上も残っていたな…
ボルト付きです
御影石から削り出したなかなか凝った意匠
とりあえず測る(笑)
762mm軽便サイズと思われる
坂本裕人氏より 昭和45年頃撮影
倉安川にも橋台が残っていたらしい
倉安川交差点付近
正確に復元されたトロッコと軌道敷
素晴らしい!
旧終点「桜橋」はどこだろう
三蟠軽便鉄道開通100周年記念大会の冊子より
ガスタンクは現在と同じ位置にある
わかりやすい!
旭川沿いの同じ場所に岡山ガスの貯蔵タンク
旧・桜橋はこの辺りだが痕跡はない

延伸後の終点・国清寺駅はどこだ

延伸後のラインへ
網浜駅手前にアバットか?
旧公図(和紙図)より軌道敷きと一致する
732-2 三蟠軽便鉄道
730-4 岡山市溝渠
730-2 三蟠軽便鉄道(構造物はここ)
この辺りは昔も水田だったようだ
土地台帳はいくらでも複写無料
地図は500円
街のホットステーション・ローソンが網浜駅跡
終点の国清寺駅は市道から住宅地へ入る
岡山電気軌道が見える
旭東小学校の前、ここが三蟠軽便鉄道の終点「国清寺駅」
「三蟠鉄道記録集」から
岡山電気軌道の青図だと三蟠鉄道・国清寺駅は
小学校の先まで駅用地が記載されている
現在だと新京橋が架けられた際に拡幅されたほぼ交差点内となる。
交差点内までが国清寺駅
岡山電気軌道がクランクする理由
互いに交通接続を目論むが三蟠軽便鉄道側に先に駅を設置されて
しまったので岡電側が「国清寺駅」に寄せたとの事です

岡山ガスへの引き込み線

復元駅跡の看板にあるこの枝線はなんだ?
三蟠軽便記録集より 赤矢印が網浜駅手前のアバット跡
旧線は倉安川沿いを直進してきてここ「桜橋駅」が貨客の終点だった
国清寺延伸後の岡山ガスへの石炭輸送は「網浜駅」の構内側線として
新たに敷き直されたようだ
現在の地図に載せると、赤が延伸後の線形でローソンが「網浜駅」
赤丸が荒神社
緑が旧線桜橋駅と岡山瓦斯への貨物配線
貨物側線がスイッチバックで岡山ガスに侵入するのは
橋と線形を極力活かす為か?この辺りの高低差の為か?
緑が旧線
橋は架け替えられ門柱も新しいが、岡山ガスのゲート位置は合致する
構内に痕跡は無さそう
岡山ガスの社史(県立図書館にて)
社史より
倉安川が写っていないのは岡山瓦斯構内から撮影しているからだ
坂本裕人氏より 昭和45年頃の画像
橋はやや斜めに架橋されている
倉安川を渡り岡山瓦斯の敷地に入る貨物側線跡
今は新京橋が架かる京橋港
かつての岡山物流の中心地はここである

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