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【廃線】立川陸軍航空工廠線 は僕の廃線歩きの原点

「あしたラジオ体操が終わったらこの電車の来ない線路の先に何があるのかを調べに『旅』に出るよ。だからおにぎりを2個作っておいてね」と母いうと、「それは大冒険ね」と大仰に返すも目が笑っていたのは覚えている。小1の出席番号が僕の次で誕生日と血液型が同じで鉄オタの『森脇』も同じくこの線路には強い関心を抱いていた。翌日も朝から暑い日だった。二人は普段はかぶりもしない帽子と大きな水筒を持たされ『旅』に出た。
撮影日 1977年 2024年

1922(T11)年にこの地に飛行場が開設して以降
立川は軍都として栄えてきた歴史がある。
陸軍で唯一の航空工廠への引き込み線が
青梅線 中神駅から敷設されたのは
戦時中の1943(S18)年の事でした。
今昔マップより
青梅線 中神駅から入る引き込み線
戦後は米軍に接収され「立川基地」と呼ばれ
この引き込み線では航空燃料が搬入された
あの日の『旅』のオチからいうと
わずか1.9kmしかない引き込み線なので午前中には
青梅線までたどり着いてしまった
1978(S53)年に米軍から全面返還され
現在は生活道として整備されているが
一方通行なのであまり便利ではない。
軌道敷きはしばらく放置されていて
勝手畑や駐車場などに使われていた
基地内も管理はされていたが長年建物残っていた
松任谷由実の「LAUNDRY-GATEの想い出」の
風景はこの辺りなのかも
地域の子供たちは警備員の目を盗んでは
廃墟への侵入を繰り返して中で遊んでいた
それはもう退廃的で美しかった。
住宅地に分岐器が遺されていた
引き込み線をここで2線に分岐
敷設した当時は桑畑の真ん中だったらしい
今昔マップより
『旅』は午前中には引き返すこととはなったが
大きな成果(発見)物でもあったここで
線路に座って二人でおにぎりを食べた。
動く状態で放置されていたこの転轍機は
学区外ではあったがその後皆にも共有された。
よくジュース缶や模型など挟んで潰して遊んだなぁ
当時と同じ位置で撮影
中央の住宅は変わっていない
当時は入れなかった荷降ろしヤードは
現在「むさしの公園」として整備されている。
レールや構造物を使ったモニュメントが嬉しい
なかなか良い雰囲気だ
碍子の残る木電柱
ここは背の高い草むらで全く入れなかったエリアだ
何のスイッチか用途は不明

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