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高市政権の独走を許す、テレビ・野党・ヘタレ議員の「思考停止」

 勝負の世界には、自分の実力とはまったく違う理由で勝率が跳ね上がる瞬間がある。それは、対峙する相手が「あまりにも弱すぎる」ときだ。どれほど強い風が吹こうとも、それを遮る壁がなければ、風はただの無風地帯を通り抜けるように加速していく。現在の日本の政治地図を眺めていると、まさにその冷徹なダイナミズムが働いているのを感じずにはいられない。

  圧倒的な信任を得て始動した高市政権。その独走態勢を支えているのは、彼女自身の強力なリーダーシップや政策の魅力だけではない。皮肉にも、攻めあぐねる野党、自民党内で縮こまる「ヘタレ議員」たち、そしてそれをただ俯瞰する新聞やテレビの既存メディアの存在そのものが、現政権にとって最大の「追い風」になっているのだ。野党は分裂と漂流を繰り返し、有効なカウンターを打てない。身内の慎重派も、目立つリスクを避けて顔色を窺うばかり。かつての激しい論争はどこへ行ったのだろうか。

 さらに罪深いのは、本来なら権力を監視し、多様な論点を提示すべきメディアの姿だ。新聞やテレビは、スキャンダルや政局の表面的な「勝ち負け」ばかりを追いかけ、政策の本質的な是非を掘り下げる牙を失ってしまった。SNSの世論を後追いするだけの報道は、結果としてこの「強いリーダー対その他」という単純な劇場化を後押ししている。批判の刃が鈍れば鈍るほど、政権の進む道から障害物は消え去っていく。

「強いライバル」がいて初めて、権力は律され、政策は磨かれる。相手が勝手に自滅し、メディアがただそれを実況するだけの世界は、一見すると安定に見えて、その実、ブレーキの壊れた乗り物と同じ危うさを孕んでいる。誰も牙を剥かない劇場で、果たして本当に正しい未来が選ばれているのだろうか。私たちはただ拍手を送る観客ではなく、その不気味なほどの「無風」を疑う視線を持たなければならない。

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