苦労していたあの頃の居住地を再訪してみた
当方は転勤族所属であった。
ゆえに小学校は3校変わり、母は総計10回の家族引越しを総監督した経験をもつツワモノである。
なので、70才代を航路する両親にしては、モノが少なくまた不要となれば潔く手放すことができる勇ましいすがたがある。(なにしろ度重なる引っ越しで、転居先にモノが入らないと分かれば手放すしかない選択をくり返してきた人たちですものねぇ)
無きゃナイで、どーにかなるものよ by父

父の転勤のみならず、独立してからも何回か転居を重ねた筆者。
ゆえに「この街は以前住んだことがある」という街が複数個所ある。
そのうちのひとつに、ちょっくら立ち寄った話。
仰天!ちょっと来ないあいだにこんなに変貌していた
しぇー!

電車から駅ホームに降り立ち、改札口に向かう階段を乗客の流れに沿ってトボトボと歩く。そして、とんでもなくセンチメンタルな気持ちが早くもフラッシュバックした。
ああ、この街に住んでいたときに大事な定期券&クレジットカード&教職員証の三つ巴を一手に担ったパスケースを盛大に落としたなぁ。そして若い警察官に大呆れされながら紛失届の発行をしてもらったなぁ…(過日投稿記事「落とし物に注意!」にて執筆。たいへん好評いただいております(^▽^)/←笑ってる場合か!ヴォケぃ。)
それに、ここに住んでいた時に配属されていた部署では仕事量も多く、帰りも遅く、また朝はチョウゼツ早く、ほとんど身体を休めた記憶が無かったな。しかもその間に2度もコロナに感染し、インフルエンザにも感染し、診察に行く先々でバイキン扱いを受け、心身ともに文字通りツラい日々だったと振り返る。
学校の先生ってもう防ぎようがないんです、感染症罹患に

そこのアパートは築年数もかなり経過していたので、しょっちゅうGが発生して、つど悲鳴をあげながら対処した。
筆者は子どものころから虫遊びができた人なので虫に対するアレルギーはないものの、あれだけは別物ですよねえ?Gの色が七色のスケルトンカラーだったら良かったのに…と天を仰ぐGの始末をしているときにいつも思った。あんな不気味なカラーだからかわいげもないのよ。子どもの頃にはよくコオロギを捕まえては虫かごで飼育していたのに、すでにコオロギを見るのも嫌になっている。

朝早いし夜も大して家で過ごす時間がない…のであまり高額なお家賃のお宅にこだわらなかったのだけれど、それなりの代償はあったなと振り返る。
不幸中の幸いとしてはご近所の方がいい意味で無関心で静か、生活音などがアパートのわりには快適に過ごせたことであった。
朝早く出勤する筆者をみては、近所にある設計事務所のおじさんから「おはようございます、いつも早いですね」と声を掛け合う仲になり、「今日はこれから(雨が)降りそうだよ?傘はある?」と教えてもらったりすることもあった。こんなご近所づきあいってもう消滅しつつありますよね。
商店街を一周してみる

御用達だったお店が閉店していたり、はたまた違った店舗にリニューアルされていたり、数年見ない間に街はさま変わりしていた。
経った時間を肌で感じた瞬間だった。
モロモロの用事を済ませて再び駅改札を通過し、ホームまでにそびえる長い階段をトボトボと登る。(基本的には階段ユーザー健康維持のため。)
そ、そうだった。毎朝この階段を上るときに「ああ今日も始まる…」と絶望感にも似た気持ちで通勤していたな。そして、ここのあたりでハイヒールのかかとを落としたなぁ。電車はすでに出発済み。拾いに戻る気にもならず、片足はヒールがない状態で学校まで電車とバスで強行したなぁ。(過日投稿「道端に落ちている靴のかかとを見て思う」より。)

実際に現地に行くのはおすすめです。お時間があればぜひ懐かしの地を再訪していただきたい。蘇る思い出とともになにかヒントが得られます。
氏神様にご参拝なされるのもいいと思います。
文字通りの満身創痍ですごしたこの街での時代。けど不思議となにかを再び得ようとする意欲がわいてきた。
ニッポンの学校がまたゆらゆらと揺れている。
新学期まであとわずか。入学式に始業式。準備することは山のようにある1年でチョー忙しい時期の到来だ。
私自身も、未来ある若者たちに豊かな日本が継承できる手伝いに余念がない。いっしょに春の再出発をいそしみましょう。
筆者の春旅はまだまだつづく。

