【企画SS#目覚めたら】さくらのひみつ
お題「目覚めたら、5才だった」
目覚めたら5才だった。
「…ウソだろ。ヤバすぎる」
この状況に冷静な頭が既にヤバい。つまりこれは。
「夢だな?」
そう考えたら俄然ワクワクした俺は、意気揚々と自宅を出た。なんせ5才だ。会社はない。そもそも夢だ。何をしてもいいのだ。
朝の気忙しい街並みをゆったりと歩く。これは気分というより物理的な問題だ。なんせ5才、脚が短い。通り過ぎる自転車に、胸がひゅっと冷える。危ないことこの上ない。車でもないのに、こんなにも速くて怖いものなのか。5才というのは大変だ。
そんなことをつらつら考えながら歩いていると、なんだかすれ違う人の視線がチラチラとまとわりつくことに気づいた。なんせ5才、ひとりで出歩くのは夢でも人目を惹くらしい。
ヤバいヤバい、と近所の保育園に駆け込む。木を隠すなら森の中、子どもを隠すなら子どもの中、だ。
朝の登園時間、保育園には子どもと大人が溢れている。これはいい。俺は子どもでごった返す園庭の前をブラブラと歩く。大きな桜の木は今まさに満開を迎えるところ。花壇にはチューリップやパンジーといった春の花が色を競う。
ああ綺麗だな。そうか、春ってこんなに綺麗なものだったのか。気がつくと通り過ぎてばかりの季節を、随分と久しぶりに思い出す。
「おい、おまえ」
春を満喫していた俺は、無粋な声に現実に引き戻された。ヤバい、バレたか。慌てて声のしたほうを見ると、くっきりした眉をぎゅっと寄せた男児がこちらを睨んでいた。
なんだ子どもか。5才くらいだな。そんなことを考えながら見ていると、男児はつかつかと俺に近寄ってきた。
「おまえだれ。さくらぐみ?」
「えっと…さ、さくらぐみ。きょうから」
咄嗟に合わせると、ふぅん?と言いながら、男児はジロジロと俺の全身を観察する。
「おまえ、さくらのひみつしってる?」
「さくらのひみつ?」
なんのことだ。知るわけがない。
すると男児は声をひそめ、囁くように言った。
「さくらが、なんできれいにさくか。ひみつがあるって、にいちゃんがいってた」
でもさくらぐみではだれもしらない。おまえ、しってる?
探るような、けれど抑えようもなく期待するような、キラキラと輝く瞳。
「えっと…さくらのねもとには、『なにか』がうまってる、ってやつ?」
いわゆる定番の都市伝説。…さすがに埋まっているモノについては、5才には聞かせられないけれど。
俺の言葉に、男児の目が大きく見開かれる。頰が紅潮し、唇が薄く開く。目の前で桜がほころぶようなその変化を、俺はぽかんと眺めている。
「すげーーー!!おまえ、ひみつしってるんだ!!」
思いがけない歓喜に、周りの大人が一斉にこちらを見た。そのなかにいる、ポップなエプロン姿のひとり。
ヤバい。あれはもしかして。
「…きみ、何組だっけ。パパかママは?」
そう言いながら近づいてくる。やっぱり保育士だ。
まずいまずい、と思いながら脚が動かない。捕まる、と思ったその時。
「せんせーー!!しってる?さくらのひみつ!!」
さっきの男児が、俺と保育士の間に割り込んだ。
「ダイくん、ちょっとまってね、先生この子に用が…」
保育士の目が一瞬男児に向けられた隙に、俺は猛ダッシュで保育園を逃げ出した。
振り返らずに、走って、走って、走って…。
気がつくと、いつもの朝だった。
「…やっぱり夢じゃねーか」
まぁそうだろう。そうでなければヤバすぎる。また改めて30年を過ごすのは、なんというか、ちょっとアレだ。少なくとも2回の受験とか、やっぱりちょっとアレすぎる。
そんなオトナなことを考えながら、久しぶりにカーテンを開ける。なんとなく、春の朝を覗きたくなったのだ。
水色の空。隣の家の桜は今まさに満開を迎えるところ。その桜を眺めていると、夢の中での男児…ダイくんの顔が浮かんできた。
大きく見開かれた瞳。血が昇っていく頰。歓喜の叫びがこぼれる唇。
すげーーー、ひみつしってるんだ!!
…そうだ、世界は秘密に満ちていた。季節と花と、5才にだってなれる不思議な夢。そんな通り過ぎてきたものを、不意に思い出す。5才の日々はきっと、今とは違う輝きに満ちていた。
「とは言っても、やっぱり…」
今からまた30年をやり直すのは、やっぱりアレだ。…自転車も怖いしな。
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