【掌編小説】熱帯夜
熱帯夜。
日中に温められた熱が、夜になっても残る、あつい夜。
今、何時なんだろう。
時間を確認しかけて、やめる。
カーテンも窓も締め切っている。
冷房の音を意識した途端、少し寒く感じられて、シーツを肩にかけ直す。服を着ようか、というか着なければ、と思いつつ、動くのが少し気怠い。
「樹斗」
隣で、同じく服を着ていないまま目を閉じている樹斗に声をかける。ん、と目を開けずに樹斗は返事をする。なんだかこのまま眠ってしまいそうだ。
帰らなくて、いいの。
言いかけて、やめる。
時間の確認はしない。
樹斗が言うまで、私からは「帰る」ということばは使わない。
これは、私が決めた、私だけが勝手に守っているルール。
シーツに包まりながら、目を閉じている樹斗の横顔を見つめる。
薄く開かれた唇から少しだけ前歯がのぞいて、緩やかな呼吸が胸の上下と連動して見える。
胸の上で組まれた両手。左手の薬指。
樹斗が最初にこの部屋に来てくれたとき、私が、ここいるときは指輪を外して欲しいとお願いした。樹斗は、もちろん、と言いながら、スマートウォッチと一緒に外して、スラックスのポケットに入れてくれた。
今日も、そのお願い通りに、樹斗は指輪を外してくれている。
組まれた両手に、私は自分の左手を重ねる。
樹斗は、ゆっくり目を開けて私に向かって微笑む。私がそうするのを待っていたかのような仕草だった。
そのまま指を絡ませてくれる樹斗。指輪のない私の左手と、樹斗の右手。
「久留美」
私の名前を呼びながら、額に唇を寄せてくれる樹斗。
サイレンが、締め切った窓の外から聞こえる。毎月15日に鳴る、火災予防啓発のサイレン。
会う日を、今日にするんじゃなかった、と思った。サイレンの音で、今が20時だということがわかってしまった。
初めて、自分が15日に生まれたことを嫌だと思った。
「20時か…」
樹斗が呟く。
急に、冷房の音も風量も、大きく強く感じられて、私は樹斗の指をほどいて、シーツに潜り込む。
熱帯夜。
あついくせに、夜は深くなる。
(了)
こちらに参加させていただきました。
