スターアップクロニクル67 長髄彦とアジスキタカヒコネ
それから数日間、りつことランはニギハヤヒたちの案内であちこちを飛び回った。
時には山形県の鳥海山、時には奈良の生駒山。
そして富士。
親睦も深まり、ニギハヤヒも心を開いてくれた。
古事記によれば、ニギハヤヒの死後にウマシマジが生まれたとされていたが、書によって曖昧なところが多く、事実は定かではない。
時の権力者に都合の悪い部分は巧妙に書き換えられたりするのが神話や歴史書の常であるから、ニギハヤヒ親子と師長姫の仲良さげな様子を目の当たりにすると、些細なことと思えてくる。
また妻も紹介してくれた。
三炊屋媛《みかしきやひめ》という美しい娘だが、りつこより年下なのに腰を抜かした。
「長髄彦の妹なんだよね?」
とぼけているのか、彼女は首を傾げにっこりと笑うばかりである。
りつこはここぞとばかりにニギハヤヒに質問を浴びせかけた。
「長髄彦は今どうしているの?」
「うん? それは誰のことだ?」
まさか知らないとは言わせないわよ! りつこは居住まいを正し追及する。
「大和の統治王だった人でしょ。とぼけないで」
「ああ。アジスキタカヒコのことを言ってるのか?なるほど。それは妻の兄のことだぞ」
へ? それって、アジスキタカヒコネのこと? 大国主の息子の? りつこの頭が一瞬混乱した。さしものランも首を傾げている。ランの知識、造詣はあくまで残された資料を駆使、精査してのもので、隠された史実を推理していくものではないから、当然でもあった。
アジスキタカヒコネ――大国主と宗像三女神のタキリビメの子とされている。
古事記での主な登場シーンは、妹シタテルヒメの夫アメノワカヒコの葬儀に参列し、アメノワカヒコの父に「瓜二つだ。生き返ったのか」と言われ、死者と間違われたことに腹を立て喪屋を破壊するというもの。
記述の少なさから謎に包まれた神で、迦毛大御神の別名を持ち、イザナギ、アマテラスと同格の神とされる。りつこからすれば(え? いったい何をして称えられているの?)であり、今回のニギハヤヒの発言がさらに解釈をややこしくさせたのだった。
話は戻るが、三炊屋媛がアジスキタカヒコネの妹だとすると、彼女はシタテルヒメ(下照姫)ではないか!
ここでりつこははっとする。
シタテルヒメの夫って、アメノワカヒコでしょ?
じゃ、じゃあ、ニギハヤヒはアメノワカヒコってことになるの?
いや。それはおかしいよね。
だって、アメノワカヒコの葬儀の件でブチ切れたアジスキタカヒコネがシタテルヒメを連れて出雲から逃げ出したんだから。時系列がおかしくなる。
待って。
時系列がおかしいのは記紀あるあるだし。
あーん。もっと勉強しておけばよかった。
さしものりつこもお手上げとなったが、救いの手を差し伸べたのがランだった。
「ここは幾つかの時空を移動した平行世界だということを忘れないで。多少のずれは生じるわ」
「そ、そうね。でも……」
全面的に納得はしかねたが、おかげでさらなる仮説を思いつくことになった。
もしかして――古史古伝が暗号によって包み隠してきた真実がこの世界にあるのかもしれない。
そう考えると、りつこはわくわくを抑えきれなくなった。
「神々の名は役職名だっていう説があるの。アマテラスとか大国主も何代も受け継がれてきているってね。とすればよ? 長髄彦も役職名の可能性が高いよね。この人、大国主の時代から神武天皇の時代までずっと大和に君臨していたんだから」
「そのとおり。ちなみに私の本名はオオトシだ。少し前まではイタケルと名乗っていた。ニギハヤヒは統治王を意味する役職名だ」
ニギハヤヒがさらっと会話に割り込んできた。
「じゃあ、長髄彦も?」
「言っただろう。今はアジスキタカヒコが長髄彦だと」
出雲を逃げ出したアジスキタカヒコネを匿うために長髄彦を名乗らせているのだとのこと。
りつこの脳細胞は再び活性化する。
りつこは徐福がニギハヤヒではないかと思い込んでいた。でも、目の前の彼はオオトシだという。
あ! そうか。徐福はオオトシ以前のニギハヤヒなのだ。
待って。でもオオトシってスサノオと神大市比売 《かむおおいちひめ》の間にできた子だよね。だとすると、時代がずれすぎない? そうか。スサノオやアマテラスが超古代の神でなく、わりと最近、といっても縄文後期、弥生時代くらいまではいたと考えればいいのか。うんうん。
うわぁ、あたし日本古代の謎解いちゃうんじゃない?
こんな感じでりつこ至福のひととき、およそ二週間は過ぎて行った。
他にもニギハヤヒやウマシマジから有益な話を聞き出すことができたが、そんなある日――異変が起きた。
場所は富士周辺。火山活動が急速に活発化しているという報告を受け、一行は天の磐舟に乗って調査に出かけた。
「住民を避難させなければな」
そのときはまだニギハヤヒも事態を重く考えていなかった。素早く行動させれば多くの住民も助かると思われた。
しかし。
ニギハヤヒが急逝。
ウマシマジたちは迫るイワレビコ軍との戦いに備えなければならなかった。
「ランちゃん、どうする?」
「私たちが介入するわけにはいかないし。せめて富士の噴火を止めてあげようと思うわ」
すごいことをあっさり言うが、ランならできそうな気がするから不思議だ。
「やめておきなよ」
不意に掛けられた声に二人は驚いた。
童顔で小柄な少年が背後に立っていた。見覚えがある。かつて自宅の庭で鋼刃と話をしていたときに現れた彼だ。
どうやって空に浮かぶ磐船の中に潜入してきたのか? 隠れ潜んでいたとは思えないし。
少年はりつこの疑問などおかまいなしに話を続けた。
「この時代より一万年ほど前に地球最大規模の噴火があったんだ」
「鬼界カルデラ大噴火のことね?」
「そう。さすがりつこさんだなあ。それもプロテウスの仕業だった」
プロテウス?
りつこはこの時点で初耳だった。
少年はプロテウスなる原初からの悪魔が目覚めた理由について説明した。
あくまで想像だが、りつことランが来たことによる波動の変化ではないか。もとより二人の存在はこの時代にあってはならぬ異物。しかも秘めた潜在的パワーは底知れない。プロテウスがそれを感じとっても不思議ではないと。
「だったら、余計に食い止めないとならないわね」
ランは動じない。やる気満々だ。
「あなた、何者か知らないけど、手伝いなさい。少しは力になりそうだから」
ランらしく超独断進行を進めていく。少年は苦笑を浮かべ、りつこに目配せした。ランを止めることはできないだろうことを知っているみたいだった。
りつこはそこから先をよく覚えていない。
ランと少年によって、大災害を防いだことはわかる。鋼刃が教えてくれたからだ。プロテウスが二人によって封印されたらしいことも知った。
その瞬間――りつこの脳内に紅蓮の炎の嵐が舞った。強烈に焼き付いたイメージがこびりついて離れない。ランと少年はあの圧倒的なパワーをよく封じ込めたものだと思う。
あれだけの力があるのだから、もっとニギハヤヒやウマシマジに肩入れしてあげられたのに。
いっけない!
これって思い切り私情を挟んでるよね。
余計な干渉はしてはならない、だよね、ランちゃん?
