見出し画像

【第2回】2026年重点計画を読む―自治体基幹システムは本当にSaaSへ向かうのか

2026年のデジタル社会形成基本法に基づく重点計画では、自治体情報システムの将来像として「公共SaaS」が示されています。

自治体ごとにシステムを構築するのではなく、クラウド上のサービスを複数自治体で共同利用する。こうした方向性そのものには合理性があります。

しかし、ここで一つ考えておかなければならないことがあります。

もしSaaSが「従来のパッケージシステムをクラウドに載せ、自治体がその仕様に業務を合わせること」を意味するのであれば、本当にそれが自治体基幹システムの最終形なのでしょうか。

私は、そこにはかなり大きな疑問があります。

「パッケージに業務を合わせる」という考え方

民間企業では、ERPなどの導入に際して、

「システムを業務に合わせるのではなく、業務を標準的なシステムに合わせる」

という考え方が広く使われています。

個別カスタマイズを減らし、標準機能を利用することで、導入費用や保守費用を抑えることができます。

SaaSについても基本的には同じです。

多数の利用者が同じサービスを利用する以上、利用者ごとのカスタマイズを最小化することによって規模の経済が成立します。

しかし自治体の基幹業務には、民間ERPとは少し異なる性質があります。

自治体業務を規定しているのは、単なる「ベストプラクティス」ではありません。

法律、政令、省令、告示、通知、条例、規則、要綱など、さまざまな制度によって業務が規定されています。

さらに実際の窓口では、

  • DV避難

  • 離婚協議中

  • 虐待や一時保護

  • 住民票と実居住地の不一致

  • 成年後見

  • 世帯分離

  • 外国人住民

  • 災害時の特例

といった多くの例外処理が発生します。

ここで単純に、

「SaaSに自治体業務を合わせてください」

と言っても限界があります。

むしろ行政では、

制度にシステムを合わせなければならない

からです。

標準化は必要だが、標準パッケージ化とは違う

現在進められている自治体情報システム標準化も、本来は自治体ごとに異なっていたシステム仕様をできるだけ共通化し、調達・運用コストを削減することを目的としています。

これは非常に重要な取り組みです。

しかし、

「標準仕様書を作る」

ことと、

「巨大な標準パッケージを作る」

ことは同じではありません。

現在の標準化では、

法律・制度
   ↓
標準仕様書
   ↓
ベンダーによる解釈
   ↓
プログラム開発
   ↓
パッケージ
   ↓
自治体

という構造が基本になっています。

制度と実際に動くプログラムの間には、依然としてベンダーによる実装があります。

そのため制度改正が起これば、それぞれのベンダーが仕様を読み、プログラムを改修し、テストを行い、自治体へ提供します。

これは従来型のシステム開発そのものです。

SaaSになったとしても、この構造が変わらなければ、

「パッケージのクラウド化」

にすぎません。

2026年重点計画には別の方向も書かれている

ここで2026年重点計画をもう一度読むと、非常に興味深いことに気付きます。

公共SaaSだけが書かれているわけではありません。

同じ将来像の中には、

  • API

  • BaaS

  • 公共サービスメッシュ

  • イベント駆動型アーキテクチャ

  • AIエージェント

  • Rules as Code

といった考え方が並んでいます。

特に重要なのがRules as Codeです。

Rules as Codeとは、法律や制度、行政ルールを、人間だけが読む文書としてではなく、コンピューターでも解釈・実行できる形にしていこうという考え方です。

これが本格化すると、自治体システムの構造そのものが変わる可能性があります。

これまでパッケージ内部に埋め込まれていた、

「誰が給付対象なのか」

「所得制限はどう判定するのか」

「いつから支給するのか」

といった制度ロジックを、パッケージの外側に出すことができるからです。

つまり、

制度
 ↓
Rules as Code
 ↓
共通ルール
 ↓
各種サービス

という構造が可能になります。

SaaSは最終目的ではないのではないか

そう考えると、2026年重点計画の読み方も変わってきます。

表面的には、

現在の標準準拠システム
        ↓
     公共SaaS
        ↓
 次世代行政システム

という順番に見えます。

しかし実際には、

                2026年
                   │
        ┌──────────┴──────────┐
        ↓                     ↓
     公共SaaS            Rules as Code
        ↓                     ↓
   サービス化          制度の機械可読化
        └──────────┬──────────┘
                   ↓
          次世代の行政基盤

という二つの流れが同時に動き始めた、と見ることもできます。

そしてAI技術の進歩が現在の速度で続けば、この二つの流れは想定以上に早く交差するかもしれません。

その場合、

「従来型パッケージをSaaS化する段階」が長期間続くとは限りません。

SaaS化が完成する前に、次のアーキテクチャへの移行が始まる可能性があります。

問題はSaaSかどうかではない

したがって、本当に考えなければならない問いは、

「オンプレミスかクラウドか」

でも、

「パッケージかSaaSか」

でもありません。

より重要なのは、

行政制度のロジックをどこに持つのか

という問いです。

制度ロジックを巨大なパッケージ内部に持ち続けるのか。

それとも、Rules as Codeとして公共的なデジタル資産にしていくのか。

この違いは、自治体情報システムの将来を大きく左右します。

2026年重点計画にSaaSとRules as Codeが同時に書かれたことは、その意味で非常に重要だと思います。

次回は、

「Rules as Codeが本格化したとき、従来の自治体パッケージは何を売る会社になるのか」

というところまで考えてみたいと思います。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事は noteマネー にピックアップされました

noteマネーのバナー