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【小説】『最終停留所と、人生の乗り換え案内』#3

​第3話:父に贈らなかった「一杯のコーヒー」

​ その夜、最終停留所に現れたのは、コウイチという名の壮年の男性だった。彼は会社の役員で、成功者として知られている。しかし、彼が最も後悔しているのは、**「父の死の間際、仕事の電話を優先してしまった」**ことだ。

​ 父は、古い喫茶店を営んでいた。コウイチは、父の古いやり方を嫌い、自分の成功とは全く関係のないものとして疎んじていた。父が危篤になった日、コウイチは病院へ向かう途中で、重要な取引先からの電話を切ることができず、結果として父の最期を看取れなかった。

​「運賃は……」コウイチは絞り出すように言った。「父に最期にコーヒーを淹れてもらいたかったのに、電話を切る勇気がなかった臆病な私です」

​ 案内人は、その「臆病さ」を運賃として受け入れた。コウイチから仕事のプレッシャーと、父への後悔が混ざった重さが抜け落ち、静かな**「切望」**だけが残った。

​ 路面電車は出発し、止まったのは、三十年前に閉店したはずの**「父の喫茶店」**だった。

​ 窓の外には、三十代のコウイチと、まだ元気な父の姿があった。それは、コウイチが独立して会社を立ち上げたばかりの頃の記憶だ。

​ 選ばなかった道のコウイチは、**父の喫茶店を継ぐことを選んでいた。**彼は立派なスーツを着る代わりに、エプロン姿でカウンターに立っている。客は少ないが、コウイチの顔は穏やかで、父と二人で笑い合っていた。

​ しかし、その道にも厳しい現実があった。父の身体が病に侵され、コウイチは自分の夢(新しい喫茶店の出店)をすべて諦め、店を切り盛りしていた。壁には、**「治療費積立目標」**という、現実の重さを物語る貼り紙があった。

​ コウイチは窓の外を見て、自分がもし父の店を継いでいたら、**「父の最期を看取るために、仕事の電話を切る必要もなかった」**という真実を知る。そして、彼の想像の中にあった「華やかな成功」とは裏腹に、**父と二人で静かに生きる「穏やかさ」**を選んでいた自分を見つめた。

​ 案内人がコウイチに語りかけた。

​「選ばなかった道にも、あなた自身の後悔のタネはあった。しかし、同時に、あなたが今、**『最も欲している温かさ』**もそこにあった」

​ コウイチは、窓の外の自分が、父に淹れてもらった一杯のコーヒーを、心から大切そうに飲んでいる姿を見た。

​ ガタン、と電車が揺れ、コウイチは今の自分の人生へと戻っていく。

 コウイチは、あの時コーヒーを飲めなかった後悔を手放し、代わりに**「父との温かい時間が、何よりも大切だった」という、新しい希望**を胸に抱いた。

​(続く)

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