学校では教えてくれない厨房の当たり前
若手を責める前に。
料理長・店長が「教えられない苦しみ」から抜け出すための、最初の地図。
これは、若手を従わせるための記事ではありません。
厳しさを捨てるための記事でもありません。
厨房の中にある、誰も教えてくれなかった「当たり前」を、若手が動ける言葉へ変えるための記事です。
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◉こんな人に読んでいただきたい
- 若手に腹が立つ。でも、本当は辞めてほしいわけではない料理長・店長
- 初めて後輩を持ち、自分の教え方が正しいのか悩んでいる中堅料理人
- 「見て覚えろ」で育ってきたため、怒鳴らない教え方が分からない人
- 返事の小ささ、報告の遅れ、指示待ち、同じミスに疲れている人
- 教え方が人によって違う厨房を、共通の基準で整えたいオーナーや経営者
- 厨房の暗黙のルールが分からず、何を聞けばいいのかさえ迷っている若手料理人
この記事の中心にいるのは、教える立場の人です。
ただ、これから厨房に入る人や、今まさに「何をすればいいか分からず止まっている人」にも読んでほしいと思っています。
◉読み終えたあとに得られること
この記事を読んだからといって、明日から若手が何も言わずに動き始めるわけではありません。
人手不足や待遇、長時間労働、ハラスメントまで、教育だけで解決できるわけでもありません。
それでも、読み終えたあとには、少なくとも次のことが見えるようになります。
- 「やる気がない」のか、「基準が分からず止まっている」のかを見分ける視点
- 「周りを見て」「ちゃんとやって」を、相手が動ける言葉へ変える方法
- 絶対に下げてはいけない安全・衛生の基準と、時間をかけて育てる判断力の違い
- 若手だけ、教える側だけに責任を背負わせず、原因を切り分ける考え方
- 今日の営業から変えられる、最初の一つ
完璧な教育マニュアルではありません。
けれど、「どこから直せばいいか分からない」という苦しみから抜け出すための、最初の地図にはなるはずです。
先に、正直に書いておきます。
◉この記事が向かない人
- 若手を思いどおりに従わせる言葉を探している人
- 怒鳴る、威圧する、人格を否定することも修業の一部だと考えている人
- 自分の教え方は見直さず、辞める理由をすべて若手の根性不足にしたい人
- 反対に、若手を辞めさせないためなら、安全・衛生・品質の基準も下げてよいと考える人
- 一度読めば、誰でも同じように育つ「魔法の言葉」を求めている人
- 若手か教える側か、どちらか一方だけを悪者にしたい人
この記事を読むと、もう「最近の若者は」で終わらせにくくなります。
「私は、相手が動ける基準を渡していただろうか」
その問いが、自分にも返ってくるからです。
自分の言葉や教え方を見直す手間が増える。
それを損だと感じる人には、この記事は向きません。
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◉返事くらい、しろよ
「返事くらい、しろよ」
「周りを見て動けよ」
「何回、同じことを言わせるんだよ」
その言葉が、喉元まで上がってくる日がある。
いや。
料理長や店長をやっていて、一度もそう思ったことがない人のほうが少ないと思う。
俺にもある。
火は待ってくれない。
料理も、営業も、お客様も待ってくれない。
厨房では、小さなことが小さなままで終わらない。
食材に日付がなければ、次に使う人が困る。
手洗いを飛ばせば、衛生と安全に関わる。
報告が遅れれば、選べたはずの対応が一つずつ消えていく。
返事がなければ、聞こえたのか、理解したのか、今すぐ動けるのかが分からない。
だから、腹が立つ。
仕事を止めたくない。
仲間を困らせたくない。
お客様へ、危ないものを出したくない。
怒りの奥には、守りたいものがある。
その責任感まで、否定するつもりはない。
ただ。
怒りのまま渡した言葉は、相手の中に「基準」としてではなく、「恐怖」として残ることがある。
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◉翌朝、若手は来なかった
四月に入ってきた若手が、少しずつ厨房に慣れ始めた頃だった。
最初は、こちらも丁寧に教える。
包丁の置き場所。
まな板の洗い方。
食材に日付を書く意味。
冷蔵庫へしまう前に、何を確認するのか。
分からなければ聞いていい。
失敗したら、早く言っていい。
いつでも、メモを取っていい。
そう伝えたつもりだった。
けれど、忙しくなると余裕がなくなる。
同じところで止まる。
返事が小さい。
報告が遅い。
一つの作業が終わると、次に何をすればいいのか分からないまま立っている。
「返事くらい、しろよ」
「周りを見て動けよ」
気づけば、言葉が強くなっていた。
翌朝、その若手は来なかった。
最初は思った。
また辞めた、と。
辞めた理由は、本人にしか分からない。
俺の言葉だけが原因だったと決めつけることもできない。
体調かもしれない。
家庭の事情かもしれない。
待遇や労働時間、職場そのものに問題があったのかもしれない。
それでも、時間が経ってから残ったのは、別の問いだった。
本当に、教えられていたか。
教えたつもりになっていただけではないか。
俺の中では当たり前になっていた基準を、相手が動ける言葉に変えて渡せていただろうか。
職場は、学校じゃない。
でも、教えなくていい場所でもない。
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◉これは、あなただけの厨房の話ではない
今の厨房からも、似た声が寄せられている。
以下は、複数のコメントを、個人が特定されないよう要旨を再構成したものです。
教える側からは、こんな声があった。
人が足りない。営業は待ってくれない。
教える時間なんてないのに、同じことを何度も言う。
怒鳴りたいわけじゃない。
でも、どう教えたら自分で動けるようになるのか、誰も教えてくれなかった。
若手だった人からは、こんな声があった。
分からないなら聞けと言われた。 でも、聞くと「そんなことも分からないのか」と言われた。
だから、仕事を覚えるより先に、怒られないために止まることを覚えた。
怒鳴られて育った料理人からは、こんな声もあった。
自分も昔は怒鳴られて覚えた。
だから、怒鳴らない教え方が分からない。
ここで、誰か一人を悪者にしたくない。
若手だけが悪いわけではない。
教える側だけが悪いわけでもない。
長い間、厨房では「見て覚えろ」が当たり前だった。
それで身につけた人もいる。
その中で、技術と誇りを守ってきた人もいる。
ただ、その当たり前を受け取れなかった人は、分からないまま止まる。
教える側は、伝わらないまま疲弊する。
二人の間にあるのは、能力や根性の差だけではない。
言葉になっていない基準だ。
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◉若手は「動かない」のではなく、「止まっている」ことがある
叱る前に、一度だけ見分けてほしい。
その若手は、本当にやる気がないのか。
それとも、地図がないのか。
指示を待つ。
質問が少ない。
作業の途中で止まる。
何も考えていないように見えるかもしれない。
でも実際には、次のことが分からないだけかもしれない。
・何を見ればいいのか
・どこまでできたら完了なのか
・誰に、いつ聞けばいいのか
一度見せたのに、同じ場所で何度も止まる。
そんなときは、教える工程のどこかが抜けていないかを確かめる。
見せる。
やらせる。
本人の言葉で、手順と理由を言わせる。
次に迷ったとき、戻れる形で残す。
一度見せることと、できるようになることは違う。
「分かりました」という返事と、本当に理解していることも同じではない。
だから、基準を渡す前から、その人の姿勢を裁かない。
ただし、基準を渡し、確認し、支援したあとまで曖昧にもしない。
守るべき約束を何度も守らないのであれば、そのときは仕事への姿勢として向き合う必要がある。
怒鳴らないことと、甘やかすことは違う。
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◉教育だけで、すべてを説明しない
もう一つ、忘れてはいけないことがある。
ハラスメント。
過重労働。
人手不足。
待遇。
体調。
家庭の事情。
教育だけでは解けない問題もある。
だから、若手が辞めた理由を、教育だけで説明しない。
逆に、教育で変えられる部分まで、本人の性格や根性のせいにしない。
原因を一つに決めつけず、変えられるものと、教育以外で扱うべきものを切り分ける。
それが、育成の最初の仕事だと思う。
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◉基準は下げない。曖昧さを減らす
ここで、誤解してほしくない。
厳しさをなくそう、という話ではない。
安全。
衛生。
アレルギーや異物。
誤提供。
破損。
遅れやミスの報告。
命、品質、店の信頼に関わることは、曖昧にしてはいけない。
危険があれば、その場で止める。
守れなかった基準があれば、はっきり伝える。
ただし、
「気をつけて」
「ちゃんとやって」
「危ないから」
それだけでは、次に何をすればいいのかが分からない。
誰に。
いつ。
何を。
どこまで。
どう報告するのか。
守らなければならないことほど、具体的な言葉にして渡す。
一方で、
優先順位。
段取り。
周囲を見ること。
仕上がりを読むこと。
ホールとの連携。
こうした判断力は、最初から察してもらうものではない。
何を見るのか。
なぜ、それを見るのか。
迷ったら、誰に確認するのか。
小さな地図を渡し、経験を重ねながら、少しずつ任せていく。
先輩が全部教えるか。
若手が全部察するか。
その二択を、もう終わらせたい。
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◉ 「周りを見て動け」を、動ける言葉へ変える
厨房には、つい口から出てしまう言葉がある。
「周りを見て動け」
けれど、言われた側には分からない。
いつ見るのか。
どこを見るのか。
何を優先するのか。
迷ったとき、誰に聞くのか。
そこまで渡されて、初めて動ける。
たとえば、こう変える。
仕込みが終わる10分前に、残量、次の工程、営業開始時間を確認しよう。
優先順位に迷ったら、自分だけで決めず、担当者に確認しよう。
これなら、若手は「何となく気を利かせろ」と言われているのではない。
次の人と営業を止めないために、何を見るのかが分かる。
「ちゃんと片づけて」も同じだ。
・食材くずを捨てる。
・店の手順に従って、洗浄・衛生管理をする。
・水気を拭く。
・道具を所定の位置へ戻す。
・次の人が、すぐ使える状態まで整えたら完了。
「早めに報告して」なら、こうなる。
・食材不足、遅れ、破損、間違いに気づいた時点で報告する。
・事実、今の状態、必要な助けを、近くの責任者へ伝える。
言葉を増やすことが目的ではない。
叱られないためのルールを増やすのでもない。
次の人と、お客様を守るためだ。
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◉今日、変える言葉は一つでいい
全部を、一度に変えなくていい。
挨拶。
返事。
報告。
食材の表示。
作業台の戻し方。
賄い。
仕込み。
営業中の段取り。
どれでもいい。
今日、あなたが口にした曖昧な言葉を、一つだけ選ぶ。
その言葉の奥で、本当に守りたいものは何か。
安全か。
衛生か。
時間か。
品質か。
次の人か。
お客様か。
守りたいものが見えたら、次の四つを決める。
・いつ確認するのか
・何を見るのか
・どこまでできたら完了なのか
・迷ったら誰に聞くのか
そして、伝えたあとに一度だけ、本人の言葉で確認する。
若手を従わせるためではない。
誰が来ても、何をすればいいかが分かる。
分からないときに聞ける。
失敗したときに、隠さず報告できる。
そこから少しずつ、自分で動けるようになる。
そんな厨房をつくるために。
若手が辞めない厨房を、教育だけで約束することはできない。
でも。
「分からない」
「怖い」
「困った」
そう言える厨房は、つくれる。
俺たちが苦労して身につけた技術まで、捨てる必要はない。
ただ、その苦労を、同じ形で次の世代へ渡す必要もない。
苦労の中から得た技術と基準を、相手が動ける言葉に変えて渡す。
それが、料理人の仕事と誇りを、次へ残すことだと思う。
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◉無料保存版PDF
この記事を閉じたあとも、厨房で見返せるように、内容を保存版PDFへまとめました。
- 若手が止まる理由の見分け方
- 厳しさを、具体的な基準へ変える考え方
- 「周りを見て動け」を翻訳する実例
- 教える側と若手のどちらか一方に、責任を背負わせないための地図
気づいたときに戻り、厨房の一つの言葉を変えるために使ってください。
学校では教えてくれない
厨房の当たり前
さまざまなキッチンで問題点は異なります。
編集可能なPowerPoint形式でデータを格納しておきます。(有料版)
「教えられる厨房をつくる」
※衛生管理、アレルギー対応、温度・時間、洗浄・消毒方法などは業態・設備・所属先で異なります。必ず店舗のHACCP計画、衛生マニュアル、責任者の指示を優先してください。
