【新人PT向け】立ち上がりの痛みを股関節から読み解く
その「大腿四頭筋の痛み」、本当に太ももの問題ですか?
「骨折部の治癒は順調。ROMもMMTも改善してきた。なのに、立ち上がる瞬間だけ『太ももの前がつっぱる』と訴える」
大腿骨近位部骨折術後のリハビリでは、こんな場面に出会うことがあります。
痛みの場所は大腿部。
すると私たちは、つい大腿四頭筋、特に外側広筋に目を向けます。
ストレッチをする。
マッサージをする。
物理療法を使う。
その場では少し楽になる。でも、翌日にはまた同じ痛みが出てくる。
そんなとき、一度考えてみたいのが、
「痛い場所」と「問題が起きている場所」は、本当に同じなのか?
という視点です。
大腿骨近位部骨折術後の立ち上がり時痛を考えるとき、痛みのある大腿四頭筋だけを見るのではなく、股関節を含めた動作全体の力学を見ることで、別の原因が見えてくることがあります。
今回は、上野氏ら(2015)の三次元動作解析・表面筋電図による研究を手がかりに、そのメカニズムを整理してみます。
痛いのは太もも。でも、負担を増やしているのは「股関節」かもしれない

上野氏らは、大腿骨近位部骨折患者を対象に、下腿長の120%に設定した椅子から、上肢支持なしで立ち上がる動作を計測しました。
疼痛あり群と疼痛なし群を比較すると、患側には次のような違いがみられました。
項目疼痛あり群股関節運動範囲有意に小さい股関節伸展モーメント有意に小さい膝関節伸展モーメント有意に大きい外側広筋の筋活動量有意に大きい
ここから見えてくるのは、非常にシンプルな構図です。
股関節で担うはずの仕事が減り、その分を膝関節が肩代わりしている。
そして、その肩代わりをしていたのが大腿四頭筋でした。
つまり、
痛みは大腿部にある。
でも、その負担を生み出している背景には股関節の機能低下があるかもしれない。
これが、今回の一番重要なポイントです。
なぜ股関節が使えないと、大腿四頭筋に負担が集中するのか?
ここからは、立ち上がり動作を力学的に考えてみます。
① 立ち上がりの山場は「離殿」

立ち上がりでは、殿部が椅子から離れる「離殿」が大きなポイントになります。
それまで身体を支えていたのは、
殿部+両足
でした。
ところが離殿すると、
両足だけ
で身体を支えなければなりません。
重心を前方へ移動させながら、身体を持ち上げる必要があるため、身体にかかる力学的な要求が大きくなります。
② そこで重要なのが「股関節」

立ち上がりの前半では、股関節屈曲と骨盤前傾を伴った体幹前傾によって、重心を足部の上へ移動させます。
つまり、
「前に倒れる」ことは、立ち上がるために必要な戦略
でもあります。
ところが術後では、疼痛や筋力低下、関節可動域制限などによって股関節を十分に使えないことがあります。
すると、身体を前方へ運ぶ戦略が変わります。
③ 股関節が使えない分、膝への要求が増える

十分に前方へ重心を移動できない状態で立ち上がろうとすると、膝関節にかかる外部屈曲モーメントが大きくなります。
モーメントは、
力 × レバーアーム
で考えられます。
重心線と膝関節の距離が大きくなれば、それだけ膝を曲げようとする外力が大きくなる。
それに対抗するために必要になるのが、
大腿四頭筋による内部伸展モーメント
です。
つまり、
股関節を十分に使えない
↓
膝への力学的要求が増える
↓
大腿四頭筋がより頑張る
↓
立ち上がり時に大腿部の痛みが出る
という流れが考えられます。
ここで大切なのは、
「膝の屈曲モーメントが増える=膝の屈筋が頑張っている」わけではない
ということ。
外力として膝を曲げようとする力が増えるからこそ、それに対抗する大腿四頭筋の働きが必要になります。
さらに術後の大腿四頭筋には「もう一つの負担」がある

大腿骨近位部骨折の手術では、術式やアプローチによって周囲の軟部組織にも侵襲が加わります。
特に大腿骨転子部骨折に対する骨接合術では、外側からのアプローチにより外側広筋周辺の組織が影響を受ける場合があります。
つまり術後の大腿部は、
手術による組織への影響
に加えて、
動作中の過剰な筋活動
という負担も受けている可能性があります。
だからこそ、「痛いから、その筋をほぐす」という局所だけの評価ではなく、
「なぜ、その筋に負担が集中しているのか?」
まで考えることが重要になります。
※もちろん、痛みの原因がすべて股関節の機能低下にあるわけではありません。上野氏らの研究も疼痛と動作特性の関連を示したものであり、因果関係を直接証明したものではありません。
「太ももを揉む」前に、立ち上がりの動作を観察する

では、臨床では何を見ればいいのでしょうか。
私はまず、矢状面から次の3点を確認します。
① 骨盤は前傾しているか?
立ち上がりの開始時に、股関節屈曲と骨盤前傾が出ているでしょうか。
腰椎を丸めて体幹だけを前に倒していないかも確認します。
② 殿部が座面に取り残されていないか?
上体が十分に前へ移動しないまま、膝を伸ばして「よいしょ」と立っていないでしょうか。
このパターンでは、大腿四頭筋への要求が大きくなっている可能性があります。
③ 患側への荷重を避けていないか?
術後の患者さんでは、無意識に患側への荷重を避け、健側中心で立ち上がることがあります。
その結果、患側の股関節を使う機会が減り、動作全体の負荷配分が変化している可能性があります。
「前かがみ」は悪い動作ではない

ここは臨床で意外と重要なポイントです。
患者さんが立ち上がるときに前傾すると、
「前にかがみすぎです」
と修正したくなることがあります。
でも、立ち上がりにおける体幹前傾は、必ずしも悪い代償ではありません。
重心を前方へ移動させ、膝にかかる負担を調整するための合目的的な戦略でもあります。
だから、
「前傾を止める」
のではなく、
「前傾できないまま、膝だけで立っていないか」
を見る。
この視点に変えるだけでも、立ち上がりの見え方が変わってきます。
介入は「筋肉」だけでなく「動作全体」を変える

では、実際にどう介入するか。
ポイントは3つです。
① まずは「痛みなく立てる環境」をつくる
座面が高いほど、立ち上がりに必要な膝伸展モーメントは小さくなります。
研究で用いられたような下腿長の120%程度の座面高を一つの参考にしながら、まずは痛みが出にくい条件を設定します。
これは単なる「難易度を下げる」ことではありません。
膝への力学的負担を減らす介入です。
② 股関節を「主役」に戻す
股関節の可動域や筋力を確認し、必要に応じて改善を図ります。
例えば、
座位での骨盤前傾練習
体幹前傾を伴う立ち上がり
ヒップヒンジ
殿筋群を使った荷重練習
などです。
大切なのは、「大腿四頭筋を休ませる」だけではなく、
股関節が本来担う役割を取り戻す
という考え方です。
③ 言葉より「課題」で動作を引き出す
「もっと前にかがんでください」
と何度も伝えるより、前方に目標物を置いて手を伸ばしてもらう。
すると、必要な体幹前傾や重心移動が自然に引き出されることがあります。
動作を細かく指示して作るのではなく、
環境や課題を変えて、身体が自然に動きやすい条件をつくる。
これも理学療法士の重要な仕事だと思っています。
患者さんには、こう説明してみる
患者さんが、
「太ももが悪いんですか?」
と尋ねてきたら、私はこんなふうに説明します。
「太ももが悪いというより、股関節が動きにくくなっている分を、太ももの筋肉が頑張ってくれているのかもしれません。だから、太ももを休ませるだけじゃなくて、股関節を使いやすくすることで負担を減らしていきましょう」
痛みの場所だけを伝えるのではなく、
「なぜ痛みが出ているのか」という意味づけ
を一緒に整理する。
それだけでも、患者さんの動作に対する不安や恐怖が変わることがあります。
明日から使える「3つの視点」

大腿骨近位部骨折術後の立ち上がり時痛を見たら、まずこの3つを確認してみてください。
① 痛い場所だけを見ない
大腿四頭筋が痛いからといって、原因が大腿四頭筋にあるとは限りません。
② 矢状面から骨盤と体幹の動きを見る
「前傾できているか」「股関節を使えているか」を確認します。
③ 筋肉ではなく、負担が集中する理由を考える
「この筋が痛い」から一歩進んで、
「なぜ、この筋がこれほど頑張らなければならないのか?」
と考えてみる。
この問いが、臨床推論を深くしてくれます。
おわりに
痛んでいる場所が、必ずしも問題の発生源とは限りません。
むしろ、その筋肉が別の機能低下を肩代わりしている結果として痛みが生じていることもあります。
大腿骨近位部骨折術後の患者さんで「立ち上がると太ももが痛い」と言われたとき。
すぐに太ももを揉むのではなく、一度だけ動作全体を見てみる。
「股関節は仕事をしているか?」
そう問い直してみる。
バイオメカニクスは、単なる難しい計算ではありません。
患者さんの身体が、
「ここが頑張りすぎています」
と教えてくれているサインを読み解くための道具です。
痛みの場所に手を伸ばす前に、少しだけ視線を上げる。
その習慣が、あなたの臨床推論を一段深くしてくれるかもしれません。
