エッセイ「ぶりカマの特権」
ぶりカマというやつは、実にありがたい代物だ。安価なわりに、その身に蓄えた滋味は深い。惣菜売り場で見かけることは滅多にないから、これを手に入れたときは、おのずと腰を据えて「焼き立て」を仕立てることになるんだよ。手間など、それほどかからないよ。煮付けも悪くないが、大人の男が独り、晩酌を共にするなら、やはり塩焼きが一番の贅沢でしょう。
私のやり方は、馴染みの魚屋から教わった極めて簡素なものだ。まず、ぶりカマを水で洗い、キッチンペーパーで丁寧に水気を拭う。そこに、小さじ1杯ほどの塩を両面に馴染ませる。あとは焼くだけだ。私はグリルの掃除ほど億劫なものはないと思っているので、もっぱらフライパンにクッキングシートを敷いて焼いてしまう。皮目がパリッと色付いたら裏返し、あとは7分か8分、中まで火を通す。大きなカマを扱うときは、トングを使うのが一番楽だね。
フライパンで焼くカマは、パチパチとした音こそ弱いが、グリルと違い「成長」を見守れる。色の移りかわり、香りの立ちのぼり方の変化。こうして見守り、ときに手を貸すことで理想的な塩焼きへと成長するんだ。
焼き上がったカマを、どっしりとした陶器の丸皿に置く。大根おろしをたっぷりと添えれば、完成である。姿形こそ歪だが、そこがいい。端材である「アラ」を喰らうという行為には、どこか野性味を帯びた、非日常的な期待が潜んでいる。
江戸の昔から「魚は殿様、餅は乞食」などともうして、魚は時間をかけて焼くのが良しとされた。ことにぶりという魚は、回遊のたびに胸ビレを動かし続け、その付け根であるカマは身が引き締まっている。同時に内臓に近いため、脂ののりも格別なんだ。焼き目のついた皮をこれでもかと味わえるのは、焼き魚を愛する者にとって至上の喜びでしょう。
おろしにひと垂らしの醤油を落とし、身と一緒に口へ運ぶ。最初は蕾のように控えめだった香りが、ひと噛みした途端に一気に花開く。ぶりの甘み、程よい弾力、そしてさらりと溶け出す脂の旨み。それらを大根の瑞々しさが凛と引き立て、口の中で見事な調和が始まる。どの要素も主張しすぎず、ほどほどの塩梅で共鳴し合うのがいい。
合わせるならば、これには辛口の日本酒以外に考えられないね。
もし余裕があるなら、二枚焼いておくといい。翌朝、残った身を丁寧にほぐし、わさびを添えて出汁茶漬けにする。昨夜の余韻を楽しみつつ、一日を始める。これこそが、大人のささやかな特権というものではないか。
どうです。今宵の一品に、ぶりカマを焼いてみてはいかがかな。
了
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