ZINEとは

先日、笑うに笑えないことがあった。

私は自分の家族と実母と合計6人で暮らしている。
幼小期に遡ってみても特別仲が良い母娘ではなかったし、今でもそれほど気が合うわけでもない。むしろ親子でも全く正反対な考えをもつものなんだなと事あるごとに感じているくらいだ。
成人してから念願の一人暮らしを経験し、父亡き後も母は母なりに楽しんで暮らしていたから、実家に戻るつもりは全然なかった。
そう、あの日までは。

2001年9月11日
アメリカの同時多発テロだ。
その時一人暮らしをしていた私は、毎日のようにテレビから流れてくるその現実とは思えないような映像に、だんだん恐怖心を植え付けられ、もしかしたらこの薄っぺらい扉の向こうには機関銃を持った外国兵が立っているかもしれないなどと妄想するようになった。
実際、夜寝る前には耳をそばだてて扉ののぞき穴から外の様子を伺い、誰もいないことを確認してから寝ていた。もちろん外国兵が立っていたことなど一度もない。
元来怖がりな私は、いよいよ耐えられなくなりその年の年末にはアパートを引き払い実家に戻った。

余談だけど、
当時持っていたのは今は懐かし、ビデオデッキと一体化したテレビデオという代物だ。そんなものを使っていたなんてなんだか自分がものすごく古い人間みたいに思えてくるな。

ちょっと話が逸れたが、そうして実家に戻り5年ほど母と2人暮らしをした。
その頃はちょうど恋人とも別れて時間もあり、母と買い物に出かけたり夜のウォーキングなんかもして、それなりに仲良くしていた。
たまに来る弟と3人で食事をすることもあり、30歳を目前に結婚するとかしないとか、そんな話題で言い合いになることも、まぁあった。

その後、無事に結婚し、相手がこちらの地元に住むことを快諾してくれたので母の近くにマンションを借りて住んだ。
そして長男が産まれ、なんだかんだと毎日のように母が我が家で夕方から夜まで一緒に過ごすようになり、3人目が産まれたタイミングで同居の話がでた。
自然な流れといえば自然だ。
もちろん同じ屋根の下に母がいれば私は心強かったし、子どもたちにとっても安心だった。
幸い主人もそう思ってくれたようだ。

しかし、実の母娘、しかも元々それほど気が合わないと私の方は自覚している。
向こうがどう思っているか実際にはわからないけど、老後の面倒をみてもらうのだからと、色々我慢してくれているのが痛々しいほどわかる。でもたまに我慢しかねて爆発するからたまらない。いや、そんな関係性に私の方が耐えかねて火種に息を吹きかけていたのかもしれない。

子どもたちがある程度成長して手が離れつつある今、そんな闘いもひと段落し、今となっては母との間に密かに透明な壁をつくり、面倒なことは聞こえないふりをしてやり過ごす技を身につけた。
同じ屋根の下どころか、同じ部屋の中にずっといるのはなかなかしんどいということを身をもって学んだ10数年だった。

そんな母が、先日久しぶりに実家に帰って親戚数組に会ってきた。
帰りにお土産がたくさんあるから駅まで来てくれないかとLINEが入り、自転車で迎えに行った。
「ありがとう、助かった」と言った母が続けてこう言った。
「ねぇ、あんた本書いたんだって?なに?なんかさ、テラの本なの?みささんから聞いたんだけど」

ハテナマークが一瞬よぎったが、ピンときた。
みささんか、インスタだなきっと。
インスタにZINEのことを書いているから、本を書いたっていうのはZINEのことだろうな。
でも待って。テラってなんだ?
テラ、てら、寺?

みささんとは、母の実家に住む私の従兄にあたる人の奥さんだ。
数年前に会った時、必要があってインスタを繋げた。嫁いできてから片手で数えるくらいしかあった記憶がない親戚だし、お互いのプライベートを知るほど仲良くしているわけじゃないから躊躇したけど、必要があって仕方なく繋いだという感じだった。
それからきっとずっと私の投稿を見てくれていたのだろう。それはまぁ良いのだけど。

母にはZINEを作ったことをちゃんと話していない。完成した時、嬉しくて夕飯時になんとなく、やんわりとそんな感じのことをサラッと話題に出したくらいだ。

理由は「なんとなく気まずかった」から。
内容が幼小期の父との思い出を中心とした日記みたいなものだから、気恥ずかしいというのが正直なところだ。
母のことはほとんど出てこないし、それを読んだらどう思うかな、と書きながら何度かよぎったが無視して書き上げたから、ほんのり罪悪感も否めない。

だから不意に「あんた、本書いたんだって?」と聞かれて狼狽えたし、これ以上この話題は広げたくなかったから、あぁ、うんまぁね、本ていうかなんていうか、同人誌みたいなやつね。と誤魔化して切り抜けた。
母は「ふぅん。そう」とだけ言って、ちょっと不満そうだったけどそれ以上何も聞いてこなかった。助かった。
本当はきっと「私には読ませてくれないの?ケチね」と思っていたに違いない。でもそういうのをグッと飲み込むのが母なのだ。それが積もると爆発するから困るのだけど、今回はとにかく助かった。回避した。

平静を装いつつ、内心ドキドキしながら無言で自転車を押して家に着き、ZINEのことなんか大して気にしてないよという感じで荷物を下ろしてリビングへ運んだ。

しかし、テラ、てら、寺?なんのことだ?
みささんはなんて説明したんだろう?
ごはんを作り、食べ、片付けて、風呂に入るまでの間、頭の中には「テラ」がこびりついていた。なんて難しいナゾナゾなんだ。

湯船に浸かって閃いた!
「ZINE」は「寺院」だ!たぶん!
「寺院」だから「寺」だ!

ZINEなんて言葉、聞いたことがなかっただろう母には、娘が急に家族に内緒で「寺」の本を書いたと知り戸惑ったことだろう。
どんな本なんだろうと、母なりに想像してみてもきっとハテナマークで溢れていることだろう。
最近物忘れが多くなったから、もしかしたらもうすっかり忘れちゃったのかなぁ。それならいいのだけど。

もし忘れてないとして、何も聞いてこない母が、なんだかいじらしく思えてきた。いや、毎日毎日一時も忘れることなく真相を聞き出すタイミングを窺っているかもしれない。気を抜いてはならない。なんてね。

あぁこれ、タネかあかしをする日がくるのかなぁ。
これが笑い話になって、家族みんなで笑い飛ばせる日が来るといいなぁ。

その日のために「寺」のZINEでも書いてみようかなぁ。笑える。やっぱり。

おわり

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#実母と同居
#笑うに笑えない話

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