『ノヴァ』 ディレイニー (早川SF文庫)

ハヤカワ名作セレクションの一冊としてディレイニーの『ノヴァ』が再刊された。『ノヴァ』は40年近く前の作品だが、依然として現代SFの最高峰といってよく、古典として長く読みつがれていくことになるだろう。
『ノヴァ』は『白鯨』を下敷きにしたスペース・オペラである。鯨油は石油の採掘技術が確立するまで主要なエネルギー源であり、捕鯨産業は現在の石油産業のような位置をしめていたが、『ノヴァ』の舞台となる32世紀の社会では超新星の中で生まれるイリュリオンという物質がエネルギー源となっており、主人公のローク・フォン・レイは鯨ならぬ超新星を追って宇宙を飛びまわっている。
エイハブ船長の敵は悪の化身というべき巨大な白い鯨だったが、ロークの敵はプリンスとルビーという邪悪な兄妹だ。プリンスとルビーは地球を中心とする古い星域を支配するレッド一族の継承者で、新しく植民した星域を支配するロークの一族と対立していた。現状はレッド一族が優勢だが、超新星から大量のイリュリオンを採取できれば、両者の力関係は逆転することになる。超新星を探す航海は銀河の覇権をめぐる戦いでもあったのである。
『ノヴァ』が刊行されたのは1968年だが、確かその年の内に「SFマガジン」の連載コラム「SFスキャナー」で伊藤典夫氏がニューウェーブの代表作と熱っぽく紹介したものだった(実際は翌69年7月号)。なかなか邦訳が出ないので、ペーパーバックを見つけて読み、夜の闇の陶酔に夢中になったものだった。
邦訳が出たのは原著刊行の20年後、1988年のことである。完璧主義者の伊藤氏が手がけた以上、これくらいかかるのは仕方のないことで、ディレイニーのもう一つの代表作『アインシュタイン交点』の翻訳が出たのは原著出版の29年後の1996年である(この時、伊藤氏にお願いしたインタビューが拙サイトにあるので、興味のある方は読んでいただきたい)。
この小説は他愛のない表面の物語の裏に深い意味を隠した難解な小説という評判が邦訳出版前から広まっていたが、一つのことに気がつけば実にシンプルな作品だということがわかる。
それは折り返し構造だ。真ん中に出てくるタロット占いによる絵解きの場面を境に、前半と後半にシンメトリックにわかれ、前半では外側から想像するしかなかった出来事を後半ではみずから体験するという対称構造になっているのである。
たとえば冒頭でダンという盲目の狂人があらわれ、『白鯨』の老水夫よろしく航海の不吉な前途を予言するが、これは最後のロークとクルーたちの場面に対応する。ロークは盲目となり、ぼうっと光のたゆたう薄明の中に閉じこめられるが、これがダンの真珠色の目の奥の世界なのである。
二番目のヘルという地殻の割れ目にダンが飛びこむ場面はロークのノヴァ突入に対応する。イリュリオンとは財貨=糞便であり、ノヴァ突入はアナル・セックスの隠喩である。
三番目の場面で幼いロークはプリンス兄妹にせっつかれて大人が暴力に夢中になる姿を見てショックを受けるが(何が起こっているかは子供たちの目からは隠されており、原光景といえる)、これはクライマックスのロークとプリンス兄妹の対決の場面に対応する。まあ、このくらいにしておこう(注)。
表面の物語の裏に別の物語を隠すという手法は『西遊記』や『紅楼夢』に似ている。『西遊記』は表面的には天竺にお経をとりにいく冒険譚だし、『紅楼夢』は清朝の大貴族の家庭を舞台にした華麗な恋愛絵巻だが、どちらも背後には霊的な遍歴が隠されており、パノラマ効果を生みだしている。『ノヴァ』も同じ書き方をしている。
急いでお断りしておくが、わたしはディレイニーが『西遊記』や『紅楼夢』の影響を受けていると主張しているわけではない。ディレイニー自身は『ユリシーズ』や『荒地』のように読んでくれという意味のことを匂わせている。
しかし、わたしは『ユリシーズ』や『荒地』とは性格が異なると思う。『ユリシーズ』や『荒地』は万人に向けて書かれた作品だが、『西遊記』や『紅楼夢』は志を同じくする happy few に向けて書かれた秘教的な作品であり、『ノヴァ』も同じ匂いがするからだ。
ディレイニーの場合、黒人とゲイという条件が、日本で考える以上に重い条件となっていたのではないか。『ノヴァ』が書かれた頃はSFはまだ健全な白人男性の占有物だった。黒人でありゲイであるというポジションは主流文学の世界では売りになったが、SFの世界ではそうではなかった。
『ダールグレン』以降の作品は最後まで読みきったことがないので当てずっぽうになるが、黒人でゲイであることが広く認知されて以降の作品と、認知される以前の作品では緊張感が違うような気がする。個人的には、彼の最高傑作はこの時期にあるのではないかと考えている。『ダールグレン』は近々邦訳が出るようなので、出てからもう一度考えてみたい。
(注 『ノヴァ』の折り返し構造はハーネスの『リタネルの輪』の影響だとずっと思いこんでいた。『リタネルの輪』は章の番号づけが示すように、まさに折返し構造の作品である。『ノヴァ』には折返し構造だけでなく、軽元素だけの世界と超元素イリュリオン、オメアの末路とロークの末路というように、『リタネルの輪』と意図的に符合させた設定もあると考えていた。しかし、この文章を書くために発表年を調べたところ『ノヴァ』も『リタネルの輪』も同じ1968年に刊行されていたことがわかった。『リタネルの輪』が1月、『ノヴァ』が12月だったとしても、影響関係を想定するのは難しい)。
(初出:「書評空間」2006-09-27)
(改訂:2025-04-19)
