役割を降りたあと、それでも戻りたくなった瞬間
病気で職場の役割を降りてしばらくは、正直、楽だった。
誰かの顔色をうかがわなくていい。
期待に応えようと、無理に言葉を選ばなくていい。
静かな時間が増え、心拍数も下がった気がした。
これでよかったんだ、と何度か自分に言い聞かせた。
それでも、ふとした瞬間に、戻りたくなる時があった。
職場で誰かが評価されているのを見た時。
昔なら自分がやっていた役割を、別の誰かが担っているのを見た時。
そして何より、「あの人がいなくなって困った」という言葉を、誰からも聞かなかった時。
胸の奥が、少しだけざわついた。
ああ、やっぱり自分は必要とされたいんだな、と。
役割を降りたはずなのに、
承認される側に、また戻りたくなる。
人はそんなに簡単に、長年染みついた癖を手放せない。
幼い頃から、そうだった。
空気を読む子。
大人に褒められる子。
「いい子」でいることで、居場所を確保してきた。
社会に出てからは、それがもっと露骨になった。
上司の機嫌。先輩の期待。
自分を引き立たせるために、他人を立て、時には媚びを売ることも覚えた。
そうやって築いた役割は、確かに僕を守ってくれた。
でも同時に、少しずつ僕を削ってもいた。
役割を降りたあとに、戻りたくなった瞬間。
それは弱さだったのかもしれない。
でも、恥じるほどのものじゃないとも思う。
人は誰だって、
「もう一度、必要とされたい」と思う生き物だから。
大事なのは、そこからどうするかだった。
また同じ役割を背負い直すのか。
それとも、「必要とされなくても生きていける自分」を選ぶのか。
僕は後者を、ゆっくり選び直している途中だ。
まだ迷うし、揺れる。
正直、完全には割り切れていない。
それでも今は、
役割に戻りたくなった自分を、責めずに見ていられる。
ああ、そう思う日もあるよな、と。
役割を降りたあとに残ったのは、
強くなった自分じゃない。
悟った自分でもない。
迷いながら、それでも前に戻らない自分だった。
