シロクマ文芸部 「波の音」
波の音がピッピッ・・と鳴る。
それは医師が心臓マッサージを続ける間で、止めればその波形は横一線となり、ピーピー・・と心停止のアラームが鳴る。
心電図モニターを睨みながら、医師は諦めずにその動きを継続する。
もう1時間を超えていた。
汗が落ちる。看護師がその額をぬぐう。
体力の限界が近づているのではないか。
その時「僕が代わります」と横たわる患者の長男が医師の横に並んだ。
介護士として働く彼は、心臓マッサージの経験がある。医師は「お願いします」とその席を一旦譲り、家族の中から患者の弟を選び、廊下に出た。
「もう少しマッサージを続けてみますが、戻らない場合の覚悟をしておいてください」
「わかりました」と答えた弟は「彼女にもそれを伝えて下さい」と枕元にしゃがむ一番覚悟が必要であろう義理姉に視線を向けた。
「そうですね」
医師は患者の妻に声をかけ、再度長男に代わり心臓蘇生を試みる。
止めればピー、続ければピッピッと波の音。それからどのくらいの時を経たのだろう。
「そろそろ・・よろしいでしょうか」
家族は沈黙の中、うなづいた。皆が医師の懸命な努力を認めていた。
時計を見る。
「〇時〇分、ご臨終です」
一礼して、医師は病室を去った。
あれから時はめぐり、その後に旅立った父親はたまに弟の夢に出てくる。その前に逝った兄は一度も現われては来ない。突然の心臓発作と意識喪失。兄にはピーの波音が聞こえていなかったに違いない。もしやまだ、自分の死を知らぬのではなかろうか。それとも元気な魂として生きているのか。
「ちゃんと成仏してくれよ」
出来れば自分の時は、自分の死を知ってから死にたい。その覚悟があれば、あの世とやらへ行ける気がする。そんなことが可能かどうかは、その時が来ないと分からないのだが、そんなことを若い頃は考えもしなかった。
人は、やがて来る最期を迎える心構えを徐々に自然に考えるものだなと、弟が自分の波の音を感じながら微笑えむ今日は、兄の命日である。
(了)
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