降られちゃった アマノ文筆クラブ
ひょうきんで2枚目。そのギャップウケは右に出る者がいない。
女子にも人気のその彼が「振られちゃったよ」と告白した。
バイトの同僚でバイトでしか会わないし、付き合っていたのも知らなかったし、いきなりそんな事を言われてもなぁとは思ったけれど、
「振られたかぁ~まぁいいじゃん。オレなんか振られる相手もいないから、失恋の落ち込みを一度は経験してみたいぜ」と言ったら、しばし沈黙して彼は「残念だな」と返してきた。
それから寝返りを打つと彼は背を向けた。
バイトは大学病院の夕方から朝までの救急受付。今夜は彼が夜から仮眠を取れる日。患者が少なければ朝まで寝ててもいい。もう1人の俺は朝まで起きている番である。
2段ベットの上の彼は、何がどう残念なのか?
患者が来ない深夜にひとり考えた。彼女ができなくて残念だななのか、俺の慰め方が残念なのか? まあどっちでもいい。別に彼女がいなくても本当は残念には思っていないし、無理して作るものでもないし。
あっ、もしかして、もうすぐ来るクリスマスに焦ってとにかく彼氏欲しい女に告白されて、意外と舞い上がってOKしたのに付き合ってるうちになんか違うと思った彼女が「あなたには私よりもっとお似合いの人がいると思う」とかなんとか言われて背を向け走られたのか? 唖然とするやつの顔を思い浮かべて、ひとりニヤニヤしている俺がいた。
「嫌なヤロウだぜオレは」と真顔になってるところに、受付を静かに通り過ぎ、ドアを少し開け、中を覗き込む女子あり。目が会った。
「あれ?どうしたの?こんな夜中に」
「終電に乗り遅れちゃって。おまけに雨にも降られちゃって」
この病院に勤める看護師の瑠璃子だった。
オレは奥の備品から、ペーパータオルを取り出し差し出した。
「ごめんね急に。ちょっと話聞いて欲しくて」
彼女も偶然今夜、振られた口だった。ひとりで街をうろついていたという。そして俺を思い出したのだと言う。
「あれ?もしかして俺に惚れてる?」
「バカなこと言わないでよ」
「あはは。やっぱりそんな事ありえないよな」
そう答えると、彼女が椅子から立ち上がり、やおら俺の膝の上に座り込んで抱きついてきた。
「ごめん。しばらくこのままで。出来たら抱きしめて欲しいの」
(おいおいおいっ!どういう展開なんだ?さっぱりわからんぞ)
それでも俺は彼女の細身の身体に腕を回して、軽めに抱きしめた。
「もっとギュッとして。お願い」
彼女の閉じた目から、涙がふた筋流れて行った。
(はぁ〜弱ったなぁ〜)
今夜、雨にも彼にもフられた女を抱き締める俺は、あらぬ妄想の呪縛から逃れようとしていた。いや、この勢いのまま? いやいや、フラれた女をついつい好きになって、俺もフラれるのはごめんこうむる。
この状況は満更でもないが、つい聞いた。
「明日、じゃなくて、今日仕事あるんじゃないの?」
「今日は非番。始発までここにいていい?」
「いいよ。二段ベットの下、空いてるからそこに寝たらいいよ」
「そう?じゃ遠慮なくそうさせてもらう」
しばらくして彼女は立ち上がると、パーテーションで仕切られた奥の2段ベッドの下に体を横たえた。
「風引くなよ」
「うん。さっき温めてもらったから大丈夫」
彼女はにっこり笑うと、目を閉じた。
(やれやれ。なんて日だ)
俺は受付の窓口に座りなおすと、振られた男女が2段ベッドの構図が妙におかしくて、またニヤニヤしてしまっていた。
翌朝、彼女は早々に「またね!」を手を振り、元気よく出ていった。
爆睡の彼も「昨日はありがとな」と言って、駅で別れた。
(さあ、帰って寝よう)
俺はアパートの自室を目指し、歩き出す。
(おわり)
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