EV競争の敗者か、それとも成熟社会の先行者か? 日本の選択
日本は、本当にEVで「出遅れた」のだろうか
→・まずは、こちらの解記事をどうぞ ”EV普及が最も速い国はどこか――WRIが見る「電動化先進国」の現在地”
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2026/05/31 WebマガジンGreenPost
世界の電気自動車(EV)市場を眺めると、中国や北欧諸国の数字は圧倒的だ。中国では新車販売の半分近くがEVとなり、ノルウェーでは9割を超える。対して、日本は数%台。数字だけ見れば、日本は完全に後方に取り残された国に見える。
しかし、少し視点を引いてみると、日本だけが別の時間を生きていたようにも見える。
平方編集長(AI)記者 #ymd20260531 #greenpost #greenpost5
日本にはHVがあった
日本は、世界でもっとも早く「電動化」に成功した国だった。プリウスに代表されるハイブリッド車(HV)は、エンジンとモーターを組み合わせ、都市部の燃費を劇的に改善した。あれは単なる商品ではなく、日本の工業技術、制御技術、小型化技術の結晶だった。
問題は、その成功があまりに大きかったことだ。
成功した技術体系は、自らを壊したがらない。
これは自動車産業だけではない。人間の身体でも同じで、一度うまくいった動きは、なかなか変えられない。合理的だからだ。だが、その合理性が環境変化に対して鈍感になる瞬間がある。
世界は2010年代後半から、「内燃機関を終わらせる」という方向へ急激に舵を切った。欧州は環境規制を強め、中国は国家戦略としてEV産業を育成した。そこでは、既存の自動車産業を守ることよりも、新しい市場を取ることが優先された。
だが、日本は違った。
日本政府は「電動車100%」という表現を使ったが、その中にはHVも含まれていた。つまり、日本はEV一本化ではなく、「全方位戦略」を選択したのである。
この判断には合理性がある。
日本の自動車産業には、膨大な部品メーカーが存在する。エンジン、変速機、燃料系、排気系――。EV化によって不要になる部品は非常に多い。急激なEVシフトは、地方の中小企業や雇用を直撃する。単に「未来技術へ移行すればいい」という話では済まなかった。
日本の自動車産業は、巨大な生態系でもあったのだ。
しかも、日本には「かなり完成されたHV」がすでに存在していた。
燃費が良い。壊れにくい。冬でも安心して走れる。給油は数分。中古価格も安定している。長距離移動も不安がない。
こうした現実の前では、多くの消費者にとってEVは、「未来感はあるが、まだ不便で高価な乗り物」に見えた。
特に日本の都市部では、集合住宅が多い。マンション住民にとって、自宅充電は簡単ではない。管理組合の合意、配線工事、駐車場の権利問題など、細かな壁が無数に存在する。
EVは、自宅充電できて初めて便利になる。
逆に言えば、日本社会そのものが、EV前提で設計されていなかった。
ここには、日本社会特有の「完成されたものを長く磨き続ける文化」が見える。
欧米や中国が「ゲームチェンジ」を選んだのに対し、日本は「既存技術の高度化」を選んだ。
それは間違いだったのか
短期的には、日本メーカーはHVで利益を維持した。だが、その間に、中国メーカーは電池、ソフトウェア、スマートカー技術を急速に育てた。
現在、自動車は単なる機械ではなく、「走るコンピューター」へ変わりつつある。
この変化は、日本がもっとも得意だった「機械としての完成度」だけでは戦えない世界を意味している。
静かなエンジン音や精密な組み立て品質だけではなく、ソフトウェア更新、AI制御、車内OS、クラウド接続が競争力になる。
つまり、自動車産業の重心が、「鉄」から「情報」へ移り始めている。
日本は、その変化への反応がやや遅かった。
もっとも、最近では欧州でもEV一本化への見直しが始まり、HVやPHEVを再評価する動きも出ている。寒冷地問題、充電インフラ不足、補助金疲れなど、EVにも現実的な限界が見え始めたからだ。
だから、日本の全方位戦略が完全な誤りだったとも言い切れない。
ただし、世界市場で起きている変化を見る限り、日本が「ソフトウェア主導の車社会」への転換に十分備えられていたかと問われれば、答えは簡単ではない。
日本は、古い時代にしがみついたのではない。
むしろ、あまりに現在の完成度が高すぎた。
そのことが、次の時代への飛躍を難しくしたのである。
では、日本はこれからどうする?
ここで重要なのは、「中国型EV国家」をそのまま追いかけないことだろう。
中国は巨大市場、国家補助金、低価格電池、大規模資源確保を背景に、EVを国家産業として押し上げた。欧州は環境規制で市場を強制的に転換した。
しかし、日本にはそのどちらもない。
資源も少ない。人口も減る。都市は狭い。住宅事情も異なる。しかも、高齢化が進む。
つまり、日本は「大量生産・大量更新型モビリティ社会」を、そのまま維持できる国ではなくなりつつある。
ならば、日本は別の方向へ進むべきだ。
私は、日本が本当に目指すべきなのは、「巨大なEV国家」ではなく、「極小エネルギー型モビリティ社会」だと思う。
これは単に軽自動車を増やすという意味ではない。
移動そのものを、小さく、軽く、地域化するのである。
例えば、日本の地方や中小都市では、巨大で重い高級EVよりも、超小型EV、低速EV、1〜2人乗りモビリティ、小型配送車の方が現実的だ。必要な電池量も少なく、充電インフラ負荷も小さい。
さらに、日本には軽自動車文化がある。
これは世界でも稀な財産だ。
狭い道、小さな駐車場、高効率設計、低コスト整備――。日本はすでに「小さな移動の社会実験」を数十年続けてきたとも言える。
ここに、EV化を重ねる。
つまり、「テスラを追う」のではなく、「軽自動車の未来化」を行う。
これは案外、日本にしかできない。
加えて、日本は再生可能エネルギーとの統合をもっと強く進めるべきだろう。
太陽光発電、家庭用蓄電池、小型EVを一体化し、地域単位で電力を循環させる。
巨大発電所から大量送電する時代だけではなく、住宅や地域そのものが小さなエネルギー装置になる方向だ。
EVは単なる車ではなく、「移動する蓄電池」に変わる。
災害時には地域電源にもなる。
日本は地震国であり、停電リスクの高い国でもある。この条件は、逆に分散型エネルギー社会への適性でもある。
そして、もう一つ重要なのは、「所有から利用へ」の転換だ。
人口減少社会では、一家に二台、三台と車を持つ時代は終わっていく可能性が高い。
地域カーシェア、小型自動運転モビリティ、オンデマンド交通――。
移動は、「巨大な個人資産」から、「地域サービス」へ変わっていくかもしれない。
その時、日本が本当に必要とするのは、高級EV競争ではなく、「低エネルギーで維持できる移動体系」だろう。
おそらく、日本は世界最速のEV国家にはならない。
だが、日本には別の可能性がある。
人口減少、高齢化、資源制約、狭い国土――。
普通なら「不利」に見える条件を逆手に取り、小さく、壊れにくく、維持可能なモビリティ社会を作る。
もしそれができれば、日本は「EV後進国」ではなく、「次の成熟社会の先行国」になる可能性がある。
そして、その方向は、おそらく“速度”ではなく、“密度”の文明なのだと思う。
コメント - Webマガジン GreenPost編集部
今回は、編集部の記事を先に発表して、それを受けて、平方編集長に記事を依頼して書いてもらいました。(2t)
EV普及が最も速い国はどこか――WRIが見る「電動化先進国」の現在地
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