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何者にもなれなかったまま、ここにいる

気づけば、
何者にもなれなかった。

特別な肩書きも、
分かりやすい実績も、
語れる成功譚もない。

それでも、
ここにいる。

この事実を、
どう扱えばいいのか、
長いあいだ分からなかった。




「何者か」にならなければならない空気

いつからか、
「何者かになる」ことが
前提になった。

  • 分かりやすい肩書き

  • 一言で説明できる役割

  • 誰にでも通じる成果

それがないと、
未完成のまま取り残されたような
気分になる。

途中にいることは、
失敗ではないはずなのに、
どこかで
許されない雰囲気がある。


途中で降りた人の話は残らない

語られるのは、
最後まで走りきった人の話だ。

成功した人。
到達した人。
答えを出した人。

途中で降りた人の話は、
あまり残らない。

迷った人。
立ち止まった人。
選び直した人。

それらは、
物語として扱いづらいからだ。


何者にもなれなかった時間

何者にもなれなかった時間は、
とても長く感じる。

成果が出ない。
進んでいる実感もない。
自分が何をしているのか、
説明できない。

でも、
その時間にしか起きないことがある。

  • 感覚が鋭くなる

  • 他人の言葉に過剰に反応しなくなる

  • 正解っぽいものに疑問を持つ

これは、
評価されないけれど、
確かに起きている変化だ。


それでも、感覚だけは残っている

何者にもなれなくても、
感覚は残る。

  • これは違う、という違和感

  • これは近い、という手応え

  • これは無理だ、という限界

それらは、
履歴書には書けない。

でも、
生きる上では
かなり重要な情報だ。

感覚は、
失敗の副産物じゃない。

生き延びた結果、
残ったもの
だ。


価値は、後から名前をつけられる

価値は、
最初から価値として存在しない。

あとから、
「それには意味があった」と
名前をつけられる。

何者にもなれなかった時間も、
後になって
違う言葉で呼ばれるかもしれない。

  • 回り道

  • 準備期間

  • 余白

  • 保留

今は、
まだ名前がないだけだ。


最後に

何者にもなれなかったまま、
ここにいる。

それは、
誇れることでも、
恥じることでもない。

ただ、
生き延びた形の一つだ。

答えを出していなくてもいい。
到達していなくてもいい。
途中のままでいい。

余白に座るというのは、
何者かになる前に
自分を捨てない、という選択だ。

ここにいるだけで、
今日は十分だ。

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余白に座る 情報でも結論でもない、ただの余白。 言葉にならないものが、ここで息をする。 考えが整う前の、そのままの自分でいられる場所。 そんな場所を求める方、応援よろしくお願いいたします。