🚶♀️#4【私の歩み】韓国から帰国、そして再び大学へ:公立大学の学生部での日々
こんにちは、Growth_Journey99です😃
こちらのシリーズもかなり間が空いてしまいましたが、再開していきたいと思いますので、よろしくお願いします🤲
🇰🇷✈️また韓国に戻りたい…
色々な経験を積んで、韓国から日本に帰国した私ですが、当初1年の予定だった語学留学が資金不足のため7ヶ月で帰国するはめに…💦
韓国語もこれからが一番伸びる‼︎というところでの帰国だったので、余計に不完全燃焼だったのかもしれません。日本でもう一度、韓国へ行くための資金を貯めようと仕事を探しました🔍
💻手っ取り早く仕事を見つけるには
私はある程度お金が貯まったら、また韓国に戻るつもりでいたので、正社員に拘りはなく、とにかく早く仕事を始めたかったんですね。そうなるとやはり前職の経験を活かして同業種で探すのが早い‼︎と単純な考えで就活を始めます😅(相変わらず何も考えてないです。この頃の私は…💦)
何校かエントリーし採用試験を受けましたが、最終的に公立大学の非常勤職員になることを決めました🌟
🫠一人に課せられる業務量がおかしい
公立大学で配属されたのは、学生の大学生活全般を支援する学生部です。
私の主な担当業務は、
・授業料減免制度や奨学金等に関する業務
・学園祭や卒業式運営全般に関する業務
・部活動・サークルなどの管理業務
・学生用ロッカーの管理業務
・学生窓口、電話、来客対応 など・・・
うむ…
聞けば、担当者が目まぐるしく代わっているらしく、マニュアルらしい物もほとんどなく、これを一人で担当せよとのこと。そして、前任者が退職するまでの一ヶ月間で全て引き継げとのこと。
私が勤務していたキャンパスは、約1,200人ほどの学生が在学していたのですが、担当業務に対して一人で1,200人の対応をするのです🥲 そして、前任者が退職したあとは、周りに私の業務が分かる人が一人もいない(上司すら分からない)環境となるのです。
やっぱり大学事務って過酷…😩

❓知らないこと、分からないことだらけの日々
🏛️授業料減免制度&奨学金
・まず、制度を学ぶ。
・過去データや資料を漁る。
・学生が質問に来る。→答えられない。→調べる。
・説明会の準備&運営や資料作成
・申請者の面談(一人ずつ30分程度これを全員)
・制度に必要な書類の精査(源泉徴収票や非課税証明書などの公的書類含む)
・成績判定
など…
→公的書類を黒塗りしてくる親と揉めまくった😭
🎓学園祭&卒業式(なぜか卒業式だけキャンパスごとだった)
・貸出物品の在り処を探す(誰も在り処を知らない備品がたくさんあった…)
・学園祭実行委員会との打ち合わせ
・警察署や消防署への申請(路上でのビラ配りや模擬店の出店)
・HPの構成やレイアウトの作成
・タイムスケジュールや資料(細々とほんまにたくさんある😢)の作成
・成績優秀者の選定
・お花や卒業記念品等の手配
・先生方への配慮&要望などの取りまとめ
など…
→分からなさ過ぎるし死ぬほど忙しかった😭
🏃♀️部活動&サークル
・部室やロッカーなどの場所調べ(地図も何もない)
・部費やサークル費の予算割り&管理
・新規・廃部などの事務処理
・部活動&サークルなどの揉め事や問題事の対応
など…
→もう二度とやりたくない😭
もちろん、書いたこと以外の日常業務もあります💧それもこなしながらの⬆️ですね😅
今ではあまり思い出すことのなくなった当時のことを思い出しながら書いていましたが、今思ってもやっぱり過酷ですね(苦笑)
若かったのもありますが、今はもう無理だな🤣
🌈地獄のような激務と理不尽の果てに、手に入れた本当の強さ
当時は「なんで自分ばかりこんな目に……」と、投げ出したくなる瞬間が何度もありました。ですが、この怒涛の日々を乗り越えた今、はっきりと残ったものがあります。
1. どんなカオスも乗り越えられる「圧倒的な実務力と対応力」
法律や制度の解釈、行政機関(警察・消防)との交渉、Webや資料作成、トラブル解決能力。学生支援で揉まれたおかげで、どんな未経験の業務や理不尽な課題が来ても「調べて、手順を組み立てて、泥臭く形にする」という強靭な推進力が身につきました。
2. 人の感情に寄り添う「折れない交渉力」
黒塗り書類で怒る保護者や、感情的になる学生たちと向き合い続けた経験は、人間関係のトラブルに対する強い耐性と、相手の真意を汲み取るコミュニケーション力を授けてくれました。
3. 一緒に地獄をくぐり抜けた「確かな自負」
無事に学園祭や卒業式が終わり、学生たちが笑顔で旅立っていく姿を見たとき、自分が支えた業務が確かに誰かの青春や未来につながっていたのだと実感できました😊

🎁おわりに
当時は本当に「二度と嫌だ‼︎」と思うことばかりでした💧でも、あの過酷な激務と理不尽に耐え抜いたからこそ、今の自分の確かな自信と、どんな環境でも生きていけるタフさが作られたのだと思っています。
今、同じように現場で理不尽や激務と戦っている誰かに、「その苦労は絶対に無駄にならない」と伝えたいですが、身体やメンタルを壊してまで頑張る必要はありません😌 私は幸か不幸か、この頃は若さと強靭な心身を兼ね備えていたので(笑)、乗り越えられただけで、決してお勧めできる職場環境ではなかったですし、すぐに辞めるという選択肢もあったのかもしれません。
根がくそポジティブなので、どんな経験もいつか必ず自分の糧になると思って頑張っていたのだと思います😌
結局私は、途中で学生たちから逃げ出すことも出来ず、お金も貯まらず(苦笑)、このカオスな環境を自分のものにしていき(笑)、なんやなんや約5年も勤務しました😅
そして、もうお気付きですよね??
お察しのとおり、私は韓国に戻ることが出来ず、この先も大学事務員人生を歩んでいくのです( 。ớ _ờ)ھフゥ💭
怒涛の5年を公立大学で過ごした私は、しっかりとマニュアル作成と引き継ぎをし(笑)、次のステージへと進んでいきます💨
