【小説】『仁緒(NIO)― 私が、もう一度恋をした理由 ―』第1話「平凡」
あらすじ
真面目な公務員の夫と、愛する二人の子ども。
仁緒(にお)は、誰もが羨むような幸せな家庭を築いていた。
何不自由ない毎日。優しい夫。笑顔あふれる子どもたち。
それでも、胸の奥には誰にも言えない小さな空白があった。
「私はもう、一人の女性として見られていないのかもしれない……。」
そんなある夜、何気ない気持ちで登録したマッチングアプリで、一人の男性と出会う。
その名は、さとし(50歳)
落ち着いた人柄と、画面越しでも伝わる優しさ。何気ない会話の中で、仁緒は忘れかけていた「自分らしさ」を少しずつ取り戻していく。
やがて二人は惹かれ合い、仁緒の人生は静かに変わり始める。
さらに、さとしの後押しをきっかけに、仁緒はライブ配信アプリでライバー「NIO」としてデビュー。最初は数人だった視聴者も、持ち前の優しさと飾らない人柄で多くのリスナーを魅了し、人気ライバーへと成長していく。
しかし、夢が大きくなるほど、家族への罪悪感、さとしへの想い、そして「本当の幸せとは何か」という問いが、仁緒の心を揺さぶっていく。
恋は、人を幸せにするだけではない。
時に傷つけ、迷わせ、それでも前へ進む勇気を与えてくれる。
これは、一人の女性が葛藤と向き合いながら、自分自身の人生を見つめ直し、本当の幸せを探していく、大人の恋愛ヒューマンドラマである。
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『仁緒(NIO) ― 私が、もう一度恋をした理由 ―』
第1話「平凡」
朝六時。
カーテンの隙間から差し込む柔らかな朝日が、静かな寝室を照らしていた。
目覚まし時計が鳴る前に、仁緒(にお)は目を覚ます。
隣では夫が静かな寝息を立てている。
起こさないようにベッドを抜け出し、そっとキッチンへ向かった。
炊飯器の蓋を開けると、湯気とともに炊きたてのご飯の香りが広がる。
味噌汁を温め、卵焼きを焼き、子どもたちのお弁当を作る。
毎朝繰り返される、変わらない時間。
それは決して嫌いではなかった。
「ママ、おはよう!」
小学五年生の娘が元気よく階段を駆け下りてくる。
「おはよう。今日は体育だったよね?」
「うん! リレーの練習があるの!」
続いて小学二年生の息子も眠そうな目をこすりながら席についた。
「ママ、お弁当は?」
「今日はハンバーグよ。」
「やったー!」
その笑顔を見るたびに、仁緒の胸は温かくなる。

この子たちの笑顔を守りたい。
その想いだけは、結婚した日から一度も変わらなかった。
やがて夫もスーツ姿で食卓に現れる。
「おはよう。」
「おはよう。」
新聞を読みながら朝食を口に運ぶ夫。
穏やかで真面目な人。
市役所に勤め、家族のために毎日遅くまで働いている。
「今日も帰りは遅くなる。」
「うん、気を付けてね。」
夫は小さく笑い、玄関へ向かった。
「いってきます。」
「いってらっしゃい。」
玄関のドアが閉まる音。
子どもたちも学校へ向かい、家の中は静寂に包まれた。
洗濯物を干し終え、ソファに腰を下ろす。
静かなリビング。
時計の秒針だけが時を刻んでいる。
仁緒は窓ガラスに映る自分を見つめた。
「……私、いつから自分のことを考えなくなったんだろう。」
結婚して十二年。
子育てに追われる毎日。
夫を支え、子どもを育てることが、いつしか自分のすべてになっていた。
もちろん、不幸ではない。
夫は優しい。
子どもたちは元気。
生活にも困っていない。
「十分幸せ。」
そう思っている。
それでも、胸の奥に小さな空白がある。
誰にも話せない。
自分でも理由が分からない。
その日の夜。
夕食を終え、食器を洗い終える頃には、子どもたちは眠っていた。
夫は書斎で仕事をしている。
「少し資料をまとめるから。」
「分かった。」
リビングには仁緒一人。
静かな時間。
何気なくスマートフォンを手に取る。
SNSを眺める。
友人の旅行写真。
家族の笑顔。
結婚記念日の投稿。
どれも幸せそうだった。

ふと、一つの広告が目に留まる。
『新しい出会いを始めませんか?』
仁緒は思わず画面を閉じた。
「私には関係ない。」
そう呟いた。
しかし数秒後、もう一度スマートフォンを開いてしまう。
「見るだけ……。」
自分に言い聞かせるように広告をタップした。
登録画面が表示される。
ニックネーム。
年齢。
趣味。
ほんの少しだけ迷い、指先が画面をなぞる。
NIO
入力を終え、最後の確認画面が現れる。
「登録する」
そのボタンを前に、仁緒の指は止まった。
「何をやってるんだろう……。」
家族を裏切りたいわけじゃない。
誰かと恋をしたいわけでもない。
ただ、誰かと話してみたい。
「私」という一人の人間として。
仁緒は目を閉じ、小さく息を吸う。
そして、そっと画面に触れた。
登録が完了しました。
その瞬間。
スマートフォンが小さく震える。
『新着メッセージが届いています。』
画面には、見知らぬ誰かからの通知。
仁緒の鼓動が、少しだけ速くなる。
「……誰?」
通知を見つめるその横顔には、不安と期待が入り混じっていた。
この小さな選択が、これからの人生を大きく変えていくことを、まだ仁緒は知らなかった。

第1話「平凡」 完
次回 第2話「ヒビ」
初めて届いたメッセージ。その送り主は、50歳の会社員・さとしだった。何気ない一通が、仁緒の止まっていた時間を少しずつ動かし始める。
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【挿入歌】「10年後の約束」
(この物語はフェクションです)
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