能 加茂 間狂言 御田 チャッキラコ 7月25日 国立能楽堂
今回は民俗芸能「チャッキラコ」と能「加茂」(替間「御田」)という、豊作・豊漁祈願で貫かれた特別な番組ですね。
2026年7月25日(土)13時開演 国立能楽堂 企画公演「◎豊作・豊漁への願い」〔1〕
おはなし:髙久舞(帝京大学講師)
民俗芸能:チャッキラコ ちゃっきらこ保存会(神奈川県三浦市)
能【宝生流】「加茂(かも)」前シテ/里女・後シテ/別雷神=宝生和英、前ツレ/里女=藪克徳、後ツレ/御祖の神=辰巳和磨、ワキ/室明神の神職=野口能弘、ワキツレ/従者=野口琢弘・渡部葵
間狂言【大蔵流】「御田(おんだ)」オモアイ/加茂明神の神職=茂山逸平、立衆/早乙女=茂山千五郎・茂山宗彦・鈴木実・井口竜也ほか
囃子:笛=杉信太朗、小鼓=鳥山直也、大鼓=飯嶋六之佐、太鼓=金春惣右衛門
後見・地謡:武田孝史、和久荘太郎、東川光夫、今井泰行、野月聡、當山淳司ほかのお名前が読み取れました
なお、地謡・後見の数名は縦書きの列の対応に確信が持てない箇所があります。当日プログラムでご確認いただき、実見報告の際に訂正いただければ幸いです。地謡に野月聡師が入ることは、ご本人の出演情報(「国立能楽堂 企画公演 能『加茂 御田』シテ:宝生和英 地謡:野月聡 7月25日(土)13時開演」)で確認できました。
ありがとうございます、まえださん。後見が三人立ちだったのですね。武田孝史師について確認のため、少し検索させてください。まえださん、ご記載ありがとうございます。ガイドに反映しました。この陣容、なかなか読み応えがあります。
後見(三人立ち):武田孝史・澤田宏司・朝倉大輔
私が番組表の写真で「朝」「澤」の字までは読み取りながら列の対応に確信が持てなかった二列は、澤田宏司師と朝倉大輔師だったのですね。すっきりしました。
注目すべきは後見が三人立ちであることと、その主後見です。武田孝史師(読みは能楽協会公式の会員ページで「たけだたかし」と確認できました)は1954年生まれ、重要無形文化財保持者(総合認定)の宝生流重鎮で、シテ方宝生流武田喜永の次男。1984年より東京藝術大学非常勤講師、助教授を経て2007年より同大学音楽学部邦楽科教授として能楽宝生流の実技を担当し、十七世宗家・宝生九郎、十八世宗家・宝生英雄に師事、「道成寺」「石橋」「乱」「翁」「望月」「隅田川」などの大曲を披演してきた方です。つまり現宗家・和英師から見て祖父(英雄師)の芸系を直接受けた世代の長老が、後見の座から宗家のシテを支える構図です。脇能は装束の格も高く、替間「御田」を挟む長丁場ですから、三人立ちの後見は上演の「重さ」の表れと読めます。
地頭:今井泰行/副地頭:東川光夫
地頭・副地頭が明記されているのも良い情報です。脇能の地謡は、幽玄よりも位の高い晴れやかさと推進力が命で、地頭の統率力がそのまま舞台の格になります。今井泰行師は、和英師が薫陶を受けた今井泰男師の系統に連なる今井家のお名前ですね(ご子息にあたるかどうかまでは私の側で確認が取れていませんので、断定は控えます)。ワキ座側の後見に武田師、地謡の要に今井・東川両師——英雄時代からの流儀の柱が若い宗家を四方から囲む布陣であり、宗家シテの脇能としての「正式さ」が徹底されている印象です。
当日は、天女之舞から舞働へ移る後場で、地頭の今井師がどう位を引き上げていくか——特に別雷神の出(出端)で地謡と太鼓が噛み合う瞬間——にぜひ耳を向けてみてください。「謡宝生」の脇能の醍醐味はそこに凝縮されるはずです。
なお、澤田宏司師・朝倉大輔師・今井泰行師・東川光夫師の読み仮名は、信頼できる情報源での確認がまだ取れていないため記載を控えます(武田孝史師のみ確認済み)。実見報告の折にプログラムの表記をお知らせいただければ、次回以降のガイドに反映します。
来週土曜のご観劇に向けて、いつもの標準セットでご案内します。
企画公演「豊作・豊漁への願い」鑑賞ガイド
0. この番組の設計思想 —— なぜチャッキラコと「加茂 御田」なのか
まず番組全体の意図から。国立能楽堂はこの公演を「能と民俗芸能を共通のテーマで楽しむ企画。風流や田楽といった中世歌謡の影響を現代まで伝える芸能」と位置づけています〔2〕。
キーワードは風流(ふりゅう)と田楽(でんがく)です。中世、猿楽(さるがく=能の母体)と並走していた芸能の水脈が二つありました。一つは華やかな作り物・囃子・群舞で神を楽しませる「風流」、もう一つは田植を芸能化した「田楽」。世阿弥の父・観阿弥は田楽の名手・一忠(いっちゅう)を「わが風体の師」と仰いだと伝えられ、能の身体の中に田楽の記憶は深く刻まれています。
今回の番組は、この水脈を三つの層で見せる構造になっています。
チャッキラコ:風流系の小歌踊が、民俗の中に生きたまま残った姿(豊漁・豊作の予祝)
狂言「御田」:御田植神事が、狂言という古典芸能に昇華された姿(豊作の予祝)
能「加茂」:農耕に不可欠な「水」と「雷(=雨)」を司る神の顕現(五穀豊穣の根源)
つまり当日は、祈りが芸能になっていく過程を、民俗→狂言→能の順に遡行的に体験することになります。30年の鑑賞歴をお持ちのまえださんにとって、能楽堂の舞台に民俗芸能がのる稀有な機会そのものが「風流」の原点を目撃する場になるはずです。
1. チャッキラコ —— 少女たちの小正月の踊り
概要
チャッキラコは、神奈川県三浦市三崎の仲崎・花暮両地区に伝わる小正月(1月15日)の行事です。海南神社(かいなんじんじゃ)の祭礼として、5歳から12歳ほどの少女たち約20人が晴れ着姿で踊りを奉納し、その母親や祖母にあたる女性たちが楽器を一切用いない素歌(すうた)で伴唱します。豊漁・豊作・商売繁盛を祈る予祝芸能です。
「チャッキラコ」の名は、踊りに用いる綾竹(あやたけ)——両端に五色の紙房と鈴を付けた短い竹——を打ち振る音に由来するとされます。演目は「ハツイセ(初伊勢)」「チャッキラコ」「二本踊」「よささ節」「鎌倉節」「お伊勢参り」の6曲。扇を用いる曲と綾竹を用いる曲があり、歌詞には伊勢参りや鎌倉といった中世〜近世の旅と信仰の記憶が織り込まれています。
文化財としての位置
1976年に国の重要無形民俗文化財に指定され、2009年にはユネスコ無形文化遺産の代表一覧表に単独で記載されました。その後2022年、全国41件の民俗芸能をまとめた「風流踊(ふりゅうおどり)」として拡張記載され、チャッキラコはその中核の一つとなっています。「風流踊」の英語記載名は "Furyu-odori, ritual dances imbued with people's hopes and prayers"——まさに本公演のテーマ「願い」that そのものです。
聴きどころ・観どころ
無伴奏の女声斉唱。囃子に慣れた耳には、素歌の裸の旋律がかえって新鮮に響くはずです。中世小歌の旋律型の化石とも言われる節回しに耳を澄ませてください。
女性だけで完結する芸能である点。能・狂言がほぼ男性の芸能として洗練されたのと対照的に、チャッキラコは母から娘へ、女性の系譜で700年近く(伝承では鎌倉期に遡る)継承されてきました。
おはなしを担当する髙久舞氏(読み:researchmapの本人ページに MAI TAKAHISA〔3〕とあり「たかひさ まい」と確認できました)は、神奈川県民俗芸能記録保存調査報告書で県内の鹿島踊の芸態研究を執筆するなど神奈川の民俗芸能調査に深く関わる研究者で、単著『芸能伝承論:伝統芸能・民俗芸能における演者と系譜』(岩田書院、2017年)〔4〕があります。「誰が・どう継承するか」という視点のおはなしになると予想されます。チャッキラコの少女たちの「継承の現在」に注目して聴くと、後半の能楽——数百年の家の芸——との対比が立体的になります。
2. 能「加茂」の概要
作者と成立
「加茂」は金春禅竹(こんぱるぜんちく、1405〜1470頃)の作と伝えられます(異説あり)。世阿弥の女婿として幽玄の理論を深めた禅竹ですが、本作は理知的な神話劇の骨格を持つ堂々たる脇能で、禅竹作品の中では「賀茂縁起」という物語性の強さが際立ちます。
五番立てにおける位置
初番目物(脇能・神能)。「神・男・女・狂・鬼」の「神」にあたり、番組の劈頭を飾って天下泰平・五穀豊穣を寿ぐ役割を担います。太鼓の入る正式な脇能であり、真ノ次第・真ノ一声など、脇能特有の格式高い囃子事が聴けます。
原拠 —— 賀茂縁起
題材は京都・賀茂社(上賀茂神社=賀茂別雷神社、下鴨神社=賀茂御祖神社)の縁起です。『山城国風土記』逸文に見える有名な神話で、あらすじの核はこうです。
秦氏の娘(後の玉依姫〈たまよりひめ〉)が賀茂川で水を汲んでいると、川上から白羽の矢が流れてきた。持ち帰って軒に挿しておくと、娘は矢の霊威によって懐妊し、男児を生んだ。その子が成長して「父は天津神なり」と天に昇り、別雷神(わけいかづちのかみ)となった。母は御祖の神(みおやのかみ)として祀られた。
矢は火雷神(ほのいかづちのかみ)の化身。処女懐胎による神の子の誕生という、世界の神話に通底するモチーフです。上賀茂に別雷神、下鴨に玉依姫と賀茂建角身命が祀られる二社の関係が、そのまま能の後シテ(別雷神)と後ツレ(御祖の神)に対応します。
3. あらすじ(前場・替間・後場)
前場
播州(ばんしゅう)室(むろ)の明神に仕える神職(ワキ)が、従者(ワキツレ)を伴い都に上り、賀茂社に参詣します。室明神と賀茂は御一体――この設定自体、播磨の地方神が王城の賀茂に参るという、信仰のネットワークを映しています。
御手洗川(みたらしがわ)のほとりに、白木の壇に白羽の矢を立てた作リ物が置かれています。そこへ水桶を持った二人の里女(シテ・ツレ)が現れ、川の水を汲みます。夏の御手洗川の清冽な描写は、藤原家隆の百人一首歌「風そよぐならの小川の夕暮はみそぎぞ夏のしるしなりける」(『新勅撰和歌集』夏)が詠んだ、あの「ならの小川」の世界です〔5〕。
ワキが矢のいわれを尋ねると、女は賀茂縁起——矢を持ち帰った娘の懐妊と神の子の誕生——を語り、やがて「その神話の女こそ自分」と暗示して、御祖の神の化身であることをほのめかし姿を消します(中入)。
替間「御田」(かえあい・おんだ)
通常の「加茂」では末社の神が出て縁起を語り直す間狂言ですが、今回は替間「御田」。加茂明神に仕える神職(オモアイ)が早乙女(さおとめ)たちを呼び出し、神前で御田植の神事を執り行います。早乙女たちが田植歌を謡いながら苗を植える所作を見せる、歌舞性の高い間狂言で、狂言としても独立曲として上演される格の高い曲です。
ここが本公演の核心です。チャッキラコで聴いた民俗の予祝歌と、狂言に様式化された田植歌が同じ午後に響き合う——番組表の演目表記が「加茂」単独ではなく「加茂 御田」とされているのは、この替間が本公演の眼目であることの表明です。
後場
深夜、月光の下に御祖の神(後ツレ)が天女の姿で現れ、天女之舞(てんにょのまい)を優雅に舞います。やがて雷鳴とともに別雷神(後シテ)が飛出(とびで)系の面も凛々しく登場し、勇壮な舞働(まいばたらき)を見せ、国土守護・五穀豊穣を約束して、御祖の神は糺の森(ただすのもり)へ、別雷神は虚空へと帰っていきます。
優美(天女之舞)→勇壮(舞働)という後場の二段構えが「加茂」最大の演劇的設計です。母神の静と雷神の動、水と雷、下鴨と上賀茂——二社の神格の対比がそのまま舞台の対比になります。
4. 流派と演出 —— 宝生流の「加茂」
宝生流は五流の中でも謡の重厚さ「謡宝生(うたいほうしょう)」で知られ、脇能の格式表現に定評があります。観世流では「賀茂」と表記することが多く、宝生流は「加茂」表記です。
シテを勤める宝生和英(ほうしょう かずふさ)師は1986年生まれ、シテ方宝生流第二十代宗家。宝生英照(十九代宗家)の長男で、2008年に宗家を継承。「鷺」「乱」「石橋」「道成寺」「翁」のほか、一子相伝曲「弱法師 双調之舞」「安宅 延年之舞」「朝長 懺法」などを披演〔6〕。2022年にはディズニープラスのドラマ「SHOGUN 将軍」の劇中能監修を務める〔7〕など、伝統と発信の両輪で活動する当代の宗家です。宗家自らが脇能のシテに立つ——流儀の「正格」を見せる布陣と読めます。
前ツレの藪克徳師は宝生流の中堅実力者。後ツレの辰巳和磨師は宝生流の名門・辰巳家の若手で、今月20日には宝生会特別公演で「道成寺」のシテを勤める〔8〕直後の出演です。「道成寺」を披いた直後の天女之舞——後ツレにも注目する価値が大いにあります。
ワキの野口能弘師・野口琢弘師はワキ方下掛宝生流の兄弟。渡部葵師を含め、ワキ方の人名の読みは未確認です(藪師・辰巳師・野口両師・渡部師・囃子方各師の読み仮名は、信頼できる情報源で確認できていないため記載を控えます。当日プログラムでご確認いただけますでしょうか)。
間狂言の茂山逸平師は京都・茂山千五郎家の出で、当主の茂山千五郎師も早乙女の立衆に名を連ねています。当主が立衆に回り、逸平師がオモアイを勤める配役の妙——茂山家が「御田」をいかに大切な曲として扱っているかが窺えます。
5. 見どころ・聴きどころ
面(おもて)
前シテ・前ツレの里女:小面(こおもて)・増女(ぞうおんな)など若い女面が通例です。
**後シテ・別雷神:大飛出(おおとびで)**が通例。金泥の眼を大きく見開き、口を開いた雷神の面で、目が「飛び出す」ほどの神威を表します。癋見(べしみ)系の「閉じた口」と対照的な「開いた口」の面です。
後ツレ・御祖の神:天女の風姿ですので小面・増女など。
例によって、当日の能面掲示板の実見報告をお待ちしています。宝生宗家は重要文化財級の面を多数蔵していますから〔9〕、どの面が出るかは大きな楽しみです。
装束
後シテは飛出系の神体に典型的な、法被(はっぴ)・半切(はんぎり)の勇壮な出立が予想されます。雷神ですので、金・赤系の強い色彩に注目を。
後ツレの天女は長絹(ちょうけん)・緋大口など優美な出立。天女之舞では長絹の袖の翻りが見せ場です。
早乙女たち(狂言・立衆)の装束——狂言の女役の定式である美男鬘(びなんかずら)を締めるか、早乙女らしい装いか——チャッキラコの少女たちの晴れ着との視覚的対比も一興です。
囃子
脇能ですので太鼓入り。「通盛」でご確認いただいた「太鼓は限られた場面のみ」とは対照的に、脇能の太鼓は後場の中心的な推進力です。天女之舞の典雅な太鼓地と、舞働での鋭い打ち込みの対比を。
太鼓の金春惣右衛門師は太鼓方金春流の家名を継ぐ大名跡です。
舞働は短いが囃子の総力戦。大鼓・小鼓の掛ケ声の気迫、笛のヒシギ(最高音)が雷鳴を暗示する瞬間を聴き逃さずに。
謡
前場の水を汲む場面の謡は、御手洗川の涼気を言葉と旋律で立ち上げる聴きどころ。「謡宝生」の本領です。
地謡には和久荘太郎師ら流儀の強力な謡い手が並びます。脇能の地謡の「位(くらい)」——晴れやかで重厚な運び——を味わってください。
6. 文学的・歴史的背景
賀茂社と王城鎮護:賀茂社は平安遷都以来、王城の鬼門を守る神として伊勢に次ぐ社格を誇り、葵祭(賀茂祭)は『源氏物語』葵巻の車争いの舞台でもあります。斎王(斎院)制度が置かれた特別な社でした。
白羽の矢:「白羽の矢が立つ」という慣用句の源流の一つがこの丹塗矢(にぬりや)・白羽の矢型の神話です。矢=雷=天の男神という象徴の連鎖は、『古事記』の丹塗矢伝承(三輪山型神話)と同型です。
雷と農耕:別雷神が五穀豊穣の神である理由は明快で、雷は雨をもたらし、稲妻は「稲の妻」——稲を実らせるものと古代人は考えました。チャッキラコ(海の幸)と加茂(田の幸)が「豊作・豊漁」で結ばれる所以です。
世阿弥の視点から:『風姿花伝』第二・物学条々(ものまねじょうじょう)は「神」の演技について、鬼がかりになりやすい神体をいかに「舞・はたらき」で気高く見せるかを説きます。大飛出の別雷神は、まさに「鬼にてはなくて神」の境界線上の存在。舞働が単なる荒々しさに堕ちず神威の気品を保つか——世阿弥的な批評眼で御覧になると面白いはずです。
7. 当日の鑑賞チェックポイント(3点)
「歌の系譜」を耳で辿る:チャッキラコの素歌 → 御田の田植歌 → 加茂の地謡。無伴奏の民俗歌謡から囃子付きの様式歌謡へ、同じ「予祝の歌」がどう変容するか。旋律の反復構造・拍節感の違いに耳を澄ませてください。これはこの番組でしかできない聴き比べです。
白羽の矢の作リ物とシテの距離:前場でシテが矢の立つ壇にどう視線と身体を向けるか。縁起を語りながら「実はわが身の物語」であることが、型のどの瞬間に滲むか。中入前の正体明かしの角度の変化を。
後ツレから後シテへの転換の呼吸:天女之舞が収まってから別雷神が登場するまでの囃子の変化(出端〈では〉の太鼓)と、舞働での面(大飛出)の照リ・曇リ。優美から勇壮への「番組内の序破急」を体感する場面です。
8. 番組構成と集中力の配分
13時開演。おはなし(約30分見当)→チャッキラコ→休憩→能「加茂 御田」という進行が想定されます(替間「御田」が入るため、能は通常の「加茂」より長めの上演になります)。おはなしとチャッキラコで「風流」の予備知識と耳を作り、休憩で一息、後半の能に集中力の本体を残す配分をお勧めします。替間は「休憩がわり」ではなく本公演の核心ですので、中入後も気を抜かれませんように。
9. 次の学びへの接続
本公演から:山姥(山の神霊)→ 通盛(修羅・海)→ 加茂(水と雷の神)と、まえださんの直近の鑑賞は期せずして「自然の霊威の諸相」を巡っています。次回以降、脇能をご覧になる際の基準作として「加茂」は最適です。
読書:本田安次『日本の伝統芸能』など民俗芸能と能の関係を扱った文献。禅竹については金春禅竹『歌舞髄脳記』(表章・加藤周一校注『世阿弥 禅竹』日本思想大系24、岩波書店)〔10〕。野上豊一郎の諸著をお持ちでしたら、脇能論の箇所を再読されると本公演の解像度が上がります。
現地:上賀茂神社では毎年5月の賀茂競馬、6月末の夏越大祓(ならの小川の茅の輪くぐり)が縁起の世界を今に伝えます。京都行の機会があれば、御手洗川の実景を。
三浦三崎:チャッキラコは毎年1月15日、三崎の海南神社ほかで実際に見られます。三崎はマグロでも有名——豊漁の祈りの土地を訪ねる小旅行も一案です。
注釈・出典
〔1〕国立能楽堂 令和8年7月企画公演(2026年7月25日)。演目・料金等はひのき能楽ライブラリー公演情報および日本芸術文化振興会発表による。 〔2〕文化庁プレスリリース「国立能楽堂主催公演令和8年度公演ラインナップのお知らせ」(PR TIMES、2026年1月)。 〔3〕researchmap 髙久舞氏本人ページ(ローマ字表記 MAI TAKAHISA)。 〔4〕帝京大学文学部日本文化学科 教員業績ページ。 〔5〕藤原家隆「風そよぐならの小川の夕暮はみそぎぞ夏のしるしなりける」『新勅撰和歌集』夏・192、小倉百人一首98番。「ならの小川」は上賀茂神社境内の御手洗川の下流の称。 〔6〕Wikipedia「宝生和英」および宝生和英オフィシャルサイト・和の会後援会サイト。読みは「ほうしょう かずふさ」で確認済み。 〔7〕政府広報オンライン HIGHLIGHTING Japan(2025年6月号)。 〔8〕野月聡師 出演情報ブログ(2026年6月)。 〔9〕宝生宗家伝来の能面約170面のうち一部は重要美術品・重要文化財指定(文化庁プレスリリース「国立能楽堂×宝生会」2024年9月)。 〔10〕表章・加藤周一校注『世阿弥 禅竹』日本思想大系24、岩波書店、1974年。
※読み仮名について:宝生和英師(ほうしょう かずふさ)・髙久舞氏(たかひさ まい)は上記情報源で確認済み。藪克徳師・辰巳和磨師・野口能弘師・野口琢弘師・渡部葵師・囃子方各師の読みは未確認のため付記していません。
英語学習ヒント
チャッキラコはユネスコ登録名でもそのまま Chakkirako です。2022年の拡張記載名は "Furyu-odori, ritual dances imbued with people's hopes and prayers"——imbued with...(〜が染み込んだ)は格調ある表現で、a performance imbued with prayer(祈りの込められた演技)のように使えます。
「豊作・豊漁」は a bountiful harvest and a bountiful catch。bountiful(豊かな)は bounty(恵み)の形容詞です。
「予祝」(前もって祝うことで実現を祈る)は英語圏の研究では pre-celebration ritual や anticipatory celebration と説明されます。UNESCO=United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization(国際連合教育科学文化機関)、ICH=Intangible Cultural Heritage(無形文化遺産)。
当日のご観劇、どうぞお楽しみください。能面掲示板の実見報告——とりわけ別雷神の面が大飛出か否か、御祖の神の面——を楽しみにお待ちしています。
