第1回:ジョーパス『Virtuoso』の真実──《伝説の仕掛け人、キャロルケイが描いた逆転の譜》
「歴史上最も偉大なギタリスト」17位のジョーパスによる、「史上最高のギター名盤」8位の傑作『Virtuoso』(1974年)。この名盤の誕生を語る上で、避けては通れない重要人物がいる。
それは、伝説的セッションミュージシャン集団「レッキングクルー」の看板ベーシスト、キャロルケイです。
彼女は、ビーチボーイズの金字塔『Pet Sounds』において、天才ブライアンウィルソンの右腕として複雑なベースラインを完璧に具現化した「影武者」と呼ばれた人物。モータウンの大ヒット曲からレイチャールズまで、数千曲ものヒットチャートを裏側で支えてきた音楽史の巨人が、失意の底にいたジョーパスの才能を再発見し、ソロギターという新たな道を切り拓くための「仕掛け人」となったのです。
1. 天才ギタリストが並んだ「失業保険の列」
二人の出会いは1960年代初頭のロサンゼルス。当時、キャロルはポップス録音の最前線で多忙を極めていたが、一方のジョーは薬物依存の更生施設を出たばかりで、業界での信用を完全に失っていた。
1960年代後半、音楽シーンはロック一色となり、ジャズは「冬の時代」を迎えていた。ジョーパスほどの偉大なジャズギタリストであっても仕事はなく、彼は後に当時の困窮ぶりを回想しているが、そのエピソードは1970年代半ばから80年代の『Guitar Player』誌や没後の評伝などで繰り返し言及されており、次のように伝えられている。
「私は小切手を受け取るために、失業保険事務所の長い列に並ばなければならなかった。他にどうしようもなかったんだ」
世界最高峰のギタリストですら、ジャズ不遇の時代には生活のために政府の援助に頼らざるを得なかった、という当時の音楽業界の残酷さを物語る象徴的な「事実」として、多くの音楽評論家やキャロルケイ本人が引用している。彼女は当時のジョーをこう証言しています。
「ジョーは素晴らしい才能を持ちながら、当時は本当に仕事がなくて困っていた。私は彼に仕事(教則本やレコーディング)を与えて、なんとか彼をその状況(失業状態)から引きずり出したかったの」
2. 「売れる音」を知り尽くした戦略家
キャロルは、ジョーが「一部のジャズファンだけの遺物」として埋もれることを危惧していた。彼女自身、レッキングクルーの一員としてロックのヒットチャートを根底から支えていたため、「今、何が売れているか」を誰よりも熟知していたのです。
その鋭い時代感覚をもって、彼女はジョーを現代的なギターヒーローとして再定義するための戦略を授けます。その試みが形となったのが、1960年代末から70年代初頭にかけて発表された『Guitar Interludes』と『Better Days』の2枚のアルバムでした。
1969年の『Guitar Interludes』では、彼女の出版社「Gwyn Publishing」から出した教則本と連動し、ポップスやクラシックの要素を融合。そして1971年の『Better Days』では、さらに踏み込んで当時のロックやファンクのグルーヴを大胆に取り入れた。このアルバムにはキャロル自身がベーシストとして参加し、ジョーに現代的なリズムを提示したのです。「ジャズの枠を超えて、ロックを聴く若者にも届く作品を」という彼女の戦略的なアドバイスが、ジョーの演奏に新たな生命力を吹き込んだ。
3. 唯一、天才を「叱咤」できたベースの神様
キャロルがここまでジョーに尽力したのは、彼への底知れない敬意があったからだ。彼女はジョーのプレイを目の当たりにするたび、周囲にこう触れ回っていました。
「ジョーパスこそが、世界最高のギタリスト。彼にできないことなんて何もないわ」
彼女はジョーに対し、「もっと練習しなさい」「今のフレーズは甘いわ」と厳しく叱咤激励できる唯一の人物でもあった。ジョーもまた、キャロルの音楽理論的な鋭さとプロ意識を深く信頼していた。
4. 「教則用デモ」が「至高の芸術」へ変わった瞬間
キャロルがジョーに強いたのは、ギター1本でベースライン、内声、メロディを同時に鳴らす「コードソロ」の体系化でした。彼女は自身の出版社から教則本を書くよう促し、ジョーに自身のプレイを徹底的に客観視させた。
実は『Virtuoso』というアルバム自体、当初はこの教則本に付随する「ギター1本によるデモンストレーション集」として企画されたものだった。
もともとは、複雑な伴奏を排し、スタンダードナンバーをギター1本でどう構築するかを提示する「教材」のような位置付けだった。本人にとっては「教則本の内容を実演する」くらいの気楽な感覚でスタジオに入ったため、過度な緊張がなく、あのような自由奔放な演奏が生まれたという説もある。しかし、スタジオで解き放たれたジョーの演奏は、教材の枠を遥かに超えた神がかり的な芸術性を帯びていた。パブロレコードのオーナー、ノーマングランツに「ジョーこそが世界最高だ」と推薦し続けていたキャロルの確信は、ついに結実する。録り終えた音源を聴いたグランツは、これが単なる例題集ではなく、ジャズ史を塗り替える傑作であることを直感。独立したアルバムとしてリリースすることを決めたのです。
キャロルケイが蒔いた「教則」という名の救済の種。それが、ジョーパスという稀代の才能を「失業保険の列」から連れ出し、永遠の名盤『Virtuoso』を咲かせたのです。
次回予告: 第2回では、この至高の芸術をパッケージしたエンジニア、デニスサンズによる「究極の生音」の舞台裏に迫ります。
