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顧客の脳を疲れさせない行動経済学の商売術

もし今、一生懸命作ったサービスや商品の売上がピタッと止まり、どれだけ機能を追加しても売れ行きが戻らない暗闇の中にいるとしたら、それは決して担当者の努力不足でも、商品の性能が劣っているせいでもありません。

根本的な原因はたった一つ。真面目な人ほどハマってしまう「機能とスペックを磨けば売れる」という合理的な思い込みの構造にあります。

結論からお伝えします。

売れない最大の理由は「機能不足」ではなく、お客さんの「脳の省エネ本能(直感)」を無視して「疲れる熟考」を強いてしまっているからです。

これまでのビジネスは、お客さんは情報を集めて論理的に比較してくれるはずだという前提で作られていました。

でも、日々の仕事や生活でヘトヘトに疲れている生身の人間は、そんな難しい比較なんてしてくれません。迷ったら「何もしない(買わない)」を選ぶのが自然な心の仕組みだからです。

今日は、中島亮太郎さんの書かれた『ビジネスデザインのための行動経済学ノート バイアスとナッジでユーザーの心理と行動をデザインする』という素晴らしい本をベースにしながら、なぜ僕たちの商品は売れなくなってしまうのか、どうすればお客さんが迷わずに選んでくれるようになるのかを、等身大の言葉で紐解いていきたいと思います。

僕自身、過去に何度も「もっと新機能を作れば売れるはずだ!」と空回りしてチームを疲弊させてしまった苦い経験があります。(今思い出すだけでも胃が痛くなります……。)

そんな失敗だらけの僕の実体験と反省も交えながら、明日からすぐに使える考え方をお話ししていきますね。



頑張る人ほどハマる「機能追加の罠」

最初のファンと、その後に広がる「深い溝」

新しい企画やプロダクトを立ち上げた初期というのは、放っておいても売れることがあります。

情報感度が高くて好奇心旺盛な一部の人たちは、多少使いにくくても、説明書が分厚くても、新しさに価値を感じて自力で使いこなしてくれるからです。

この時期を経験すると、企画者は「この機能の凄さが伝わったんだ!」と嬉しくなります。

ところが、その先にもっと多くの普通の人たちへ届けようとした瞬間、パタッと足が止まります。いわゆるキャズムと呼ばれる深い溝です。

普通の人たちは、複雑な機能比較表をわざわざ読むようなエネルギーを持っていません。失敗したくないし、今までのやり方を変えるのが面倒くさいのです。

それなのに、初期の成功体験がある組織は「売れなくなったのは競合より機能が少ないからだ」と勘違いして、さらに新しい機能を詰め込んでしまいます。

これが悲劇の始まりです。

機能が増えれば増えるほど、選ぶ側の頭には大きな負荷がかかり、ますます買われなくなっていくという悪循環に陥るのです。(肌感でしかないのですが、売れないサービスの8割はこれで自滅している気がします。)


「商品」と「体験」を混同してはいけない

僕たちが売っているのは、コードの行数や機械の部品そのものではありません。

お客さんが本当に財布を開いてお金を払っているのは、「これで自分の悩みが確実に解決するという安心感」や「導入する手間の少なさ」という全体の体験です。

どれだけ凄い機能があっても、料金プランが複雑でどれを選べばいいか分からないとか、最初の初期設定が面倒くさそうだと感じた瞬間、お客さんは画面を閉じてしまいます。

商品そのものの品質が悪いのではなく、買うまでの「道案内(体験のデザイン)」が途切れてしまっているのです。


作り手を縛りつける3つの思い込み

事業が停滞したとき、リーダー自身も知らず知らずのうちに心の癖に縛られてしまいます。

1つ目は、これまで注ぎ込んだ時間とお金がもったいなくてやめられない「もったいないの罠(サンクコスト)」。

2つ目は、自分に都合のいい応援の声ばかりを集めて厳しい現実にフタをしてしまう「見たいものだけ見る癖(確証バイアス)」。

3つ目は、「次のバージョンアップで必ず大逆転できるはず」と楽観視して抜本的な見直しを先延ばしにする「根拠なき希望(計画錯誤)」。

まずは僕たち自身が「自分も間違える普通の人間なんだ」と認めることから、本当の再スタートが切れるのだと思います。



お客さんの脳はいつも「省エネモード」で動いている

直感の「システム1」と、熟考の「システム2」

ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンたちの研究によると、人間の脳には2つのモードがあります。

1つは、一瞬で直感的に物事を判断する「速い思考(システム1)」。

もう1つは、じっくり論理的に計算したり深く悩んだりする「遅い思考(システム2)」です。

日常の意思決定の9割以上は、省エネな「速い思考」で直感的に処理されています。

なぜなら、人間が毎日じっくり考えていたら脳がエネルギー切れで倒れてしまうからです。

それなのに、僕たちが作る営業資料やWEBサイトはどうでしょうか。

やたらと細かいスペック比較、専門用語だらけの説明文、びっしり並んだ機能一覧表……。

これらはすべて、相手の脳に「疲れる熟考(システム2)」を強制する暴力のようなものです。

相手の脳が「うわっ、面倒くさそう」と感じた瞬間、シャッターはガラガラと音を立てて閉じてしまいます。


迷わせるほど人は買わなくなる

「選択肢は多ければ多いほど、顧客満足度が高まる」

昔のマーケティングの教科書にはそう書いてあったかもしれませんが、現実は真逆です。

有名な実験があります。24種類のジャムを並べた売り場と、6種類だけ並べた売り場では、立ち止まる人は24種類の方が多くても、実際にジャムを買った人の割合は6種類の方が圧倒的に多かったのです。

選択肢が多すぎると、人間は「選ぶ苦痛」と「後で後悔する恐怖」を感じて、買い物を諦めてしまいます。

良かれと思ってプランを増やしたり、オプションをてんこ盛りにするのは、実はお客さんを遠ざける行為だったりします。(親切心のつもりが、実は不親切になっていることって本当によくありますよね。)


得する嬉しさより、損する痛みのほうが2倍重い

行動経済学が教えてくれる最大の知恵の一つが「損失回避」という性質です。

人間は「1万円をもらえる嬉しさ」よりも、「財布から1万円を落として失うショック」のほうを約2倍以上も強く感じます。

だから、「これを買うとこんなに効率が上がります!」とキラキラした未来(利益)をアピールされるよりも、

「今この対策をしておかないと、毎月これだけのコストを無駄に垂れ流し続けることになりますよ」

と現実の落とし穴(損失)を教えてもらったときのほうが、人の心は強烈に動きます。

これは脅迫するということではなく、お客さんが気づいていない不都合な事実から目を逸らさずに教えてあげるという優しさでもあるのです。



買わない理由を取り除く「4つの後押し」

背中をそっと押す「ナッジ」という発想

ナッジとは、肘で軽く小突くような優しい後押しを意味する言葉です。

無理やり買わせるのではなく、お客さんが自然と良い選択ができるように舞台装置を整えてあげる工夫のことです。

中島亮太郎さんの本では、このナッジが4つの型に分かりやすく整理されています。

① デフォルト(最初から選ばれている安心)

人間は初期設定(デフォルト)を変えるのが大嫌いです。

だからこそ、一番選んでほしい王道のプランを最初から選択状態にしておきます。

初期設定の入力欄も、空っぽにしてゼロから書かせるのではなく、一般的な標準値を最初から入れておいて「確認して次へを押すだけ」にしてあげる。

これだけで、途中で挫折する人の数は激減します。

② 仕掛け(迷わず動ける目印)

押してほしいメインのボタンだけを目立つ色にして、キャンセルや戻るボタンは文字だけのリンクにしておく。

登録画面では「全体の60%まで完了しました!」とプログレスバーを見せてあげる。

「もう半分以上進んでいるんだから、最後までやってしまおう」という気持ちに自然と火をつける工夫です。

③ 言い換え(伝わる言葉への翻訳)

同じ商品でも、言葉の枠組み(フレーム)を変えるだけで受け取られ方が180度変わります。

「月額3万円の管理ツール」と言われると高そうに感じますが、「1日たったの1,000円で、優秀な専任アシスタントを雇うのと同じ」と言われたらどうでしょうか。

「高いITシステムへの出費」から「格安の日常経費」へと頭の中の引き出しが書き換わるのです。

④ 心理的ごほうび(小さな達成感の積み重ね)

人は前に進んでいる実感が大好きです。

設定が1つ終わるごとに「素晴らしい!重要ステップが完了しました」と褒めてあげる。

それだけで脳内に嬉しい物質が出て、次の作業へサクサク進みたくなります。



画面や言葉を少し変えるだけで売上が劇的に変わる理由

松竹梅の法則で「真ん中」が選ばれる理由

料金プランを1つだけで提示すると、「高いか安いか」の二者択一になってしまいます。

そこで、3つの選択肢を用意します。

一番上に最高級のプレミアムプラン(松)、真ん中に本命のスタンダードプラン(竹)、一番下に機能を絞ったライトプラン(梅)を並べます。

すると、一番上の高いプランが基準(アンカー)となって、真ん中のプランがすごく手頃でバランス良く見えてきます。

下手に値下げをするよりも、ちゃんとした松竹梅を組むほうが、お客さんも安心して本命のプランを選んでくれるのです。


一度手に入れたものは手放したくない

人間は、一度自分のものだと感じたものに対して、手に入れる前よりも何倍も高い価値を感じるようになります。保有効果と呼ばれる心の働きです。

無料お試し期間を設けて、お客さんに自分のデータや設定を実際に使ってもらう。

期間が終わる頃には、「新しいツールを買う」という感覚ではなく、「せっかく作った自分の大切なデータを失いたくないから続ける」という心理に変わっています。

機能を売るのではなく、手放せない居心地の良さを作ることが大切なんですね。


一番感情が動いた瞬間と、最後の別れ際だけで記憶は作られる

体験のすべてが完璧である必要はありません。

人間は、体験の中で「最も感情が高まった瞬間(ピーク)」と「物事が終わる最後の瞬間(エンド)」の2つの印象だけで、全体の記憶を作ってしまいます。

商談の最初の3分で心を掴むこと。そして、契約後や商品が届いた直後に心温まる手紙や特典を届けること。

さらに言えば、もし解約することになった時でも、無理に引き止めず気持ちよく送り出してあげること。

後味の良い終わり方を設計しておけば、いつかまた戻ってきてくれる最高のファンになってくれます。



会社員が「事業家」として突き抜けるための損切りと投資思考

給料をもらう側から、仕組みを作る側へ

ここまでお話ししてきた行動経済学の視点は、単に会社の売上を伸ばすためだけのスキルではありません。

僕たち会社員が、組織の歯車から抜け出し、自分自身の頭で商売を動かす「事業家」や「投資家」としての視点を手に入れるための武器でもあります。

真面目な会社員ほど、「自分がどれだけ汗をかいたか」「どれだけ時間をかけて作ったか」という作業量で価値を測りがちです。

でも、投資家や市場が見ているのは「お客さんの心がどう動き、どれだけのお金が気持ちよく循環したか」という結果の構造だけです。


損切りができる人だけが生き残る

投資の世界で一番大事なのは、利益を出すこと以上に「素早く損切りをすること」だと言われます。

ビジネスも全く同じです。

何ヶ月もかけて作った企画であっても、市場に出してお客さんの反応が鈍ければ、サンクコストに囚われずにサッと方向転換する。

失敗を恐れて動かないことこそが、インフレと変化の時代における最大の損失です。

小さく試して、お客さんの行動をよく観察し、ダメならすぐに手放して次の手を打つ。

この軽やかさを持てるかどうかが、ただの作業員で終わる人と、事業を作れる人との決定的な分かれ道になります。


人の心の弱さを愛せる人間になろう

人間は誰しも、怠け者で、見栄っ張りで、損をするのが怖くて、直感に流されやすい生き物です。

「なぜ人はもっと合理的に動いてくれないんだ!」と怒っても何も始まりません。

そうではなく、「人間ってそういう可愛い弱さを持った生き物なんだな」と受け入れること。

そして、その弱さに寄り添い、迷わずに済む優しい仕組みを作ってあげること。

これこそが、資本主義社会の中で長く愛され、感謝されながら収益を上げ続けるための商売の極意なのだと思います。




人の弱さに寄り添う商売こそが最後に勝つ

騙すのではなく、背中を押す

ここで一つだけ、絶対に忘れてはいけない約束事があります。

行動経済学のテクニックは非常に強力です。だからこそ、使い方を一歩間違えると、相手を騙して不要なものを買わせるような悪質な罠になってしまいます。

解約ボタンをわざと分かりにくく隠したり、偽りのカウントダウンタイマーで焦らせたりするようなやり方は、短期的には儲かっても、長期的には必ず信頼を失って自滅します。

僕たちが目指すべきは、相手をコントロールすることではありません。

「本当は変わりたいのに、面倒くささや不安から一歩を踏み出せないでいる人」の背中を、そっと優しく押してあげることです。

半年後や1年後にお客さんから「あの時、背中を押してくれて本当にありがとう」と感謝される商売をすること。

それこそが、僕たちがビジネスを通じて実現したい手触り感のある幸せなのだと思います。


まずは足元の小さな観察から始めよう

長々とお話ししてきましたが、僕自身もまだまだ日々の仕事の中で迷ったり失敗したりを繰り返している発展途上の身です。

偉そうに語ってしまいましたが、自分自身が一番「機能の罠」にハマりやすい人間かもしれません。(本当に反省の毎日です……。)

もし今、自分の商品やサービスが思うように売れなくて悩んでいるなら、まずは一度パソコンの画面を閉じて、お客さんが実際にどんな顔で商品に触れ、どこで指を止めているのかを、じっくり眺めてみてください。

答えはいつも、会議室のロジックではなく、生身のお客さんの無意識の仕草の中にあります。

今回ご紹介した考え方をもっと体系的に学びたい方は、ぜひ中島亮太郎さんの『ビジネスデザインのための行動経済学ノート バイアスとナッジでユーザーの心理と行動をデザインする』を手にとってみてください。日々の仕事の見え方がガラリと変わる素晴らしい一冊です。

僕もまだまだ勉強中ですが、不完全な人間同士、寄り添いながら一歩ずつ前に進んでいきましょう。



機能追加ばかりしていないかチェック

  1. 顧客への説明資料が「機能スペックの一覧表」になっていないか?

  2. WEBサイトやLPのファーストビューで「直感的に得られる安心」が伝わっているか?

  3. 顧客に「じっくり比較検討するエネルギー(熟考)」を無理強いしていないか?

  4. 選択肢を増やしすぎて、顧客が「選ぶ苦痛」を感じて離脱していないか?

  5. 最も選んでほしい王道プランが「初期設定(デフォルト)」で選択されているか?

  6. フォームの入力項目を極限まで削り、最初から標準値がプリセットされているか?

  7. 次に押すべき主要ボタンが視覚的に一番目立つよう配置されているか?

  8. 登録や設定プロセスで進捗バー(エンダウド・プログレス)を見せているか?

  9. メッセージが「獲得の嬉しさ」だけでなく「損失の回避」として届いているか?

  10. 単一価格ではなく、アンカー効果を活かした「松竹梅」の3段階プランを用意しているか?

  11. 無料お試し期間中に顧客自身のデータや設定を蓄積させ、保有効果を生んでいるか?

  12. 商談開始の3分間で強烈な信頼感を刻む「初頭効果」を設計しているか?

  13. 契約直後や納品時に心温まる余韻を残す「エンド(ピークエンド)」の演出があるか?

  14. 解約手続きを透明かつ親切にし、将来の再契約への心理的ハードルを下げているか?

  15. 過去の開発費用に執着して不採算機能を捨てられない「サンクコストの罠」に陥っていないか?

  16. 都合の良い好意的な声だけを集めて失注理由から目を背ける「確証バイアス」がないか?

  17. アンケートの「言葉(建前)」ではなく、実際の顧客の「行動(無意識)」を観察しているか?

  18. 顧客を欺くダークパターン(偽のタイマーや解約隠し)を完全に排除しているか?

  19. 小さなナッジのA/Bテストを高速で回し、ダメなら素早く損切りできているか?

  20. チーム全体で「どの認知的負荷を減らすか」を行動経済学の共通言語で議論できているか?

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