Appleをやめ、Chromeをやめ、Linuxでブラウザ沼にハマったら、自由と監視問題に気づいた話
今から12年ほど前、我が家はiPhone、iMac、Apple TVが揃っていた。
「Apple製品だけで全部つながる」という体験は、当時はたしかに快適だった。音楽、写真、カレンダー。どのデバイスから触っても、ちゃんと同期されている。そのシームレスさを体感してしまうと、他のものを使う気になれなかった。
それが変わったのは、iPhoneが突然死んだ日からだった。
Appleタイマーという恐怖
「Appleタイマー」という言葉を知っているだろうか。
一昔はやった言葉。
Apple製品はなぜかちょうどいいタイミングで壊れる、という噂だ。新モデルが出る頃になると、なぜか旧機種の動作が遅くなる。バッテリーが急に弱くなる。そして壊れる。
都市伝説の類いだとは思っている。でも当時の私には、信じたくなるほどのリアリティがあった。
iPhoneが壊れた。修理は高い。新しいものに買い替えれば、またAppleのエコシステムに戻ることになる。
iMacのストレージが足りなくなった。Apple純正の拡張は選択肢が少なく、どれも高い。
「これは囲い込みだ」と気づいたとき、不満が一気に噴き出した。
壊れたら修理ではなく買い替えを促される。周辺機器も純正を選ばされる。デバイス間の連携は快適だが、それはAppleの世界の中だけの話だ。外に出ようとした瞬間に、壁が現れる。
一気に脱Apple
決断は、思っていたより早くできた。
iPhoneをやめて、Androidスマホにした。
iMacをやめて、Windowsとの時期を経て、後にLinuxへと進んだ。
Apple TVをやめた。
家のメディア管理はNASに移行した。
NASというのはネットワーク接続のハードディスクで、自宅に「自分だけのクラウド」を置く仕組みだ。容量もコントロールできる。
ブラウザはGoogle Chromeを愛用していた。
Androidとの連携が便利で、パスワードもブックマークも一元管理できる。特に疑問を持たずに使っていた。
Linuxとの出会いと、「オープンソース」という概念の衝撃
Linuxを使い始めたのは、ちょうど子供が生まれた数年後のことだった。
最初は「黒い画面を使う人たちがやるやつ」という程度の認識だった。でも触れてみると、思っていたよりずっと普通に使えた。
(この話は以前の記事にも書いたが)Linuxは「普通に使える側」に人を連れていく力がある。
そこで初めて、「オープンソース」という概念を実感として理解した。
ソースコードが公開されている、ということの意味が最初はよくわからなかった。でもLinuxユーザーたちの話を聞いているうちに、じわじわと輪郭が見えてきた。
「このソフトウェアが何をしているか、原理的には誰でも確認できる」
それがどれほど大きなことか。
Google Chromeは、何を収集しているのか。Googleアカウントとどう紐づいているのか。自分の検索履歴、行動パターン、どこでどんなページを見たか——そういった情報が、どこかに流れていないか。
Appleもそうだった。「Appleのサーバーに保存されている」というとき、その中身は本当に安全なのか。
完全に安全なサービスなど存在しないことはわかっている。でもLinuxのオープンソースの世界では、少なくとも「確かめる手段がある」。確かめる手段があるというだけで、妙な安心感があった。
自由というのは、こういうことかもしれない、と思った。
ブラウザ沼への入口
Linuxで最初に気づくことのひとつが、ブラウザの選択肢の多さだ。
Windowsの時代は、ChromeかEdgeかFirefoxか、という選択肢しか頭になかった。Linuxを使い始めると、それ以外の名前を次々に目にするようになる。
Brave、Chromium、LibreWolf……気になって調べ始めた。調べると、また新しい名前が出てくる。それを調べると、また出てくる。
これが沼だ、とわかっていながら、止まれなかった。
試したブラウザたちの話
Brave
最初に試したのがBraveだった。プライバシー保護をウリにしていて、広告やトラッカーをデフォルトでブロックしてくれる。Chromiumベースなので、Chromeの拡張機能が使える点も魅力だった。
快適だった。でも、気になることがひとつあった。
Braveは広告をブロックする代わりに、自社の広告を表示してBAT(暗号資産)を稼ぐ仕組みを持っている。「広告をブロックしながら広告で稼ぐ」という構造に、どこか引っかかりを感じた。プライバシーを守ってくれているはずなのに、端末の中で行動をプロファイリングしているとも言われている。モヤモヤが残った。
Chromium
ChromeのオープンソースビルドがChromiumだ。GoogleアカウントへのログインやGoogleの追跡コードが省かれているので、Chromeより「素」に近い状態で使える。
ただ、Googleのインフラに依存している部分は変わらない、とも言われる。「Chromeを薄くしたもの」という感覚で、劇的な違いは感じなかった。
Midori
軽量ブラウザとして紹介されていたMidoriを試した。動作が速く、シンプルな見た目が好みだった。
ただ、Webの互換性に難がある場面があり、普段使いにはもう一歩だった。
Surf
sucklessプロジェクトのブラウザだ。「シンプルさを極める」という思想で作られていて、設定ファイルをソースコードレベルで書き換えてコンパイルするスタイルだ。
「ここまでやるか」と思った。コンフィグファイルをいじって再コンパイルして使う、というプロセス自体は面白かった。ただ日常使いとしては、あまりにも素すぎた。
LibreWolf
FirefoxをベースにしてテレメトリやGoogleのコードを完全に取り除いた、いわば「硬化版Firefox」だ。プライバシー設定が最初から限界まで絞られていて、「データを渡したくない」という意志の強さを感じるブラウザだった。
ただ、その厳しさゆえの代償もある。銀行のサイトが正常に表示されないことがあった。会社の社内システムも、挙動がおかしかった。
プライバシー最優先の人にはいいのかもしれないが、日常使いには少しきつかった。
Waterfox
LibreWolfと同じくFirefoxベースだが、互換性を重視した「バランス型」の位置づけだ。テレメトリは切りながら、Web互換性はLibreWolfよりも高い。
使いやすかった。でも、「Firefoxで十分では?」という疑問も同時に湧いてきた。
w3m
テキストブラウザだ。GUIがない。ターミナルの中に、文字だけでウェブページが表示される。
最初に起動したとき、「これはやりすぎた」と思った。
画像は表示されない。動画は当然無理だ。ただし、テキスト情報だけを素早く取得したい場面では驚くほど速い。技術系のドキュメントやWikiを読むには、むしろ集中できる。
日常使いに戻すことはなかったけれど、この体験は面白かった。
Nyxt
「ハッカー向けブラウザ」と呼ばれるNyxtは、Lispをベースにしたフルカスタマイズのブラウザだ。キーボードだけで全操作できる設計で、思想が面白い。Lispが書ければブラウザ自体を自分仕様に書き換えられる。
ただ、正直なところ安定性に苦労した。使っているうちに止まることがあった。日常使いに落ち着かせるには、まだ自分には早かった。
qutebrowser
Nyxtと同じくキーボード操作を前提にしたブラウザで、こちらはVimのキーバインドを採用している。Vimの考え方は好きなので、操作感は気に入った。
ただ、やはり互換性の問題がちらほら出た。動かないサイトがある。
結局、Firefoxに落ち着いた理由
7種類を試し終えた頃、私は少し疲れていた。
「ブラウザ選びに時間を使いすぎている」という感覚もあった。
そのとき、判断基準を一度整理した。
プライバシーも大事だ。オープンソースであることも大事だ。
でも、私が忘れていたのは「会社で使える」という条件だった。
セキュリティ要件がある環境でブラウザを使うとき、LibreWolfやNyxtは選択肢に入らない。社内システムが正常に動かない、という問題が先に来てしまう。
Braveはプライバシー機能は優秀だが、企業環境での運用管理がしにくいという話もある。
Firefoxは、企業のセキュリティ基準を満たしている。
長年の実績がある。脆弱性が発見されたとき、パッチの公開が速い。拡張機能のエコシステムも充実していて、プライバシーを強化するアドオンを追加すれば、LibreWolfに近い設定も実現できる。
「カスタマイズで近づける」という点も大きかった。最初から全部削ぎ落とされているLibreWolfと違い、Firefoxは自分で設定を選べる。その自由さが、オープンソース的な思想にも合っていると感じた。
自由を求めて、信頼を選んだ
Apple製品をやめたのは、囲い込みからの「自由」が欲しかったからだった。
Chromeをやめたのは、監視されていない「自由」が欲しかったからだった。
Linuxのブラウザ沼をくぐり抜けたのも、自分で選ぶ「自由」を楽しんでいたからだ。
ただ、7種類を試し終えて気づいたことがある。
自由とは「何でも使える」ことではなくて、「自分で判断できる」ことだ。
Firefoxを選んだのは、消去法でも妥協でもない。情報を集めて、試して、自分の状況と照らし合わせて選んだ。それが「自由な選択」だと思っている。
LibreWolfを選ぶ人には、LibreWolfが正解だ。
w3mを愛用している人には、w3mが正解だ。
私にとってはFirefoxだった、というだけのことだ。
Linuxを使い始めなければ、こんなことを考えることはなかった。
ブラウザはChromeで、何も疑問を持たないままだったと思う。
沼にハマることには、意味がある!
