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双子の母、ときどき占い師。限られた時間の中で「私」という未来をあきらめない挑戦。



 24時間では足りない日常

まだ薄暗い午前6時。冷えた空気の中で、私の1日は始まります。

私の家には、元気いっぱいの4歳の双子の娘がいます。
一人は、脳室周囲白質軟化症(PVL)という脳性麻痺を抱えています。
彼女たちの「今日」を支えるためには、人一倍の準備とエネルギーが必要です。

朝食の準備、着替えの介助、リハビリの支度。気づけば9時。
双子を送り出すまでの3時間が、まるで30分のように消えていく。
自分のための時間なんて、一秒も残されていないように思える日もあります。

かつて私は、栄養士や整体師として、誰かの「体」を整える仕事で働いていました。でも今の私は、24時間、誰かのための「お母さん」。
社会の輪の中から一歩外へ出て、鏡を見る暇もなく過ぎていく毎日。

「私の人生、このままで終わっていくのかな」

ふとした瞬間にこぼれ落ちそうになるその問いに、私は今、まさかの「答え」を見つけつつあります。

「お母さん」の影に隠れていた、もう一人の私

娘たちが生まれる前、私には二つの顔がありました。

一つは、栄養士や整体師として、誰かの健康を支える仕事人としての顔。
そしてもう一つは、東洋占術を学び、人の運命を読み解くことに情熱を注ぐ、占い師としての顔です。

九星気学、四柱推命、姓名判断。私にとって占いは、単なる趣味ではなく、自分自身を表現する大切な手段でした。

でも、双子を妊娠してから、私の世界は一変しました。

最初の異変

妊娠中期の検診でした。「一人の赤ちゃんに、浮腫みが見られます」。
医師の言葉に、心臓が止まりそうになりました。
それは、重い障がいがあるかもしれないというサイン。
占いで未来を見つめてきた私が、自分の子どもたちの未来を恐れていました。

診断の結果は、双胎間輸血症候群(TTTS)。
双子の一方に血液が過剰に流れ、もう一方は血液不足になる、二人とも命を落とす可能性がある病気です。
すぐに成育医療センターへの転院が決まりました。
そこから、不正出血を繰り返し、計2回の手術を受けました。

絶望の入院生活

TTTSの手術後、転院したのは、 MFICU(母体・胎児集中治療室)。
重症の妊婦さんたちが集まる、古い病院の薄暗い病室。コロナ禍だったため面会は一切禁止。誰にも会えない。。。

コロナ対策でカーテンは閉め切り、隣のベッドも遮断されていました。

でも、夜になると聞こえてくるのです。

「しくしく」と、泣く声。

隣のベッドから、廊下の向こうの部屋から。
お母さんたちが、泣いている。みんな、同じように苦しんで、不安で、孤独で。 私もカーテンの中で、誰にも見られないように声を殺して泣きました。

心が、病みました。 この暗闇から、本当に抜け出せるのか。娘たちは無事に生まれてくれるのか。そして私は、生きて帰れるのか。絶望でした。

もう一つの危機と、魂の叫び

転院後の診察で、医師の顔色が変わりました。 「胎胞ごと、赤ちゃんの足が子宮口から出かかっています」

このままでは流産してしまう。
子宮口を縛るシロッカー手術を緊急で行う際、主治医は真剣な表情で言いました。

「このまま早く生まれると、3人とも死にます」

その瞬間、頭が真っ白になり、心の奥底から言葉が湧いてきました。 「死ぬのは嫌だ」

赤ちゃんを守りたい。でも同時に、私自身も生きたかった。

まだ何もしていない。

やりたいことがたくさんある。

こんなところで、終わりたくない。

想像を絶する副作用

投与された薬の副作用は過酷でした。
激しい吐き気。何も食べていない胃が拒絶反応を起こし、水すら飲めない。全身の筋肉が失われ、血管も壊れていく。
鏡の中には、頬がこけ、立ち上がる力もない別人がいました。

「いっそ……」という言葉が喉まで出かかったこともあります。
でも、薬をやめれば娘たちの命が危ない。
お腹の中で動く小さな命だけが、私を支えてくれていました。

出産、そして

帝王切開の日。

麻酔が効かず、稲妻が落ちたような激痛に意識が遠のきました。

二人は1分差で生まれました。

でも、産後の私はボロボロでした。

副作用の影響で、私は歩くことさえできなくなっていたのです。

「お母さん、頑張って」 励ましてくれる看護師さんの前で、娘を抱きしめるために立ち上がることすらできない自分が情けなくて、涙が止まりませんでした。

でも、同時に思いました。
「生きてる」 あの時、「死ぬのは嫌だ」と思った私が、ここにいる。

娘たちも、生きている。

それだけで、十分でした。

 

占いが教えてくれた「私だけの武器」


リハビリを経て、ようやく自分の足で歩けるようになった時、ある決意が芽生えました。

「私は、ただ『誰かのお母さん』として生きていくだけではない」

占いは、私にとって命綱でした。

不安で押しつぶされそうな時、星の巡りを見つめることで心が落ち着きました。

歩けない自分を責めた時、四柱推命が「あなたには乗り越える力がある」と教えてくれました。

かつて誰かの「体」を整えていた私。

今度は占いを通して、誰かの「運命」を整える手助けをしたい。

娘たちが寝た後の30分、家事の合間の15分。

そのわずかな時間は、私が「私」であり続けるための、確かな一歩でした。

挑戦!仕事の形を変える勇気

再開は口コミからでした。

久しぶりの鑑定で「すごく納得した。ありがとう」と言われた時、

「また誰かの役に立てるんだ」と、自分の居場所を見つけた気がしました。

しかし、双子育児、特に障がいのある娘のケアをしながら対面鑑定を続けるには、時間的な限界がありました。

「本当に助けたい女性たちに、この形では出会えないかもしれない」

そこで決意したのが、ネット集客への挑戦です。

顔も知らない人に自分を売り出すのは、正直怖かったです。

でも、あの死の淵を乗り越えた私なら大丈夫、と自分に言い聞かせました。

最初はココナラから。
反応がない。

「やっぱり向いてないのかな」と諦めかけた時、最初の一件が入りました。 届いたレビューには「心のこもった温かいメッセージで、気持ちが明るくなりました!」という言葉。

私の想いが、誰かに届いた。その瞬間、大きな自信が生まれました。

「私の鑑定に、価値を見出してくれる人がいる」

そこから私は、仕事の形を変えていきました。
現在は、ストアカでの講師講座の準備を進めています。

対面からネットへ。

紹介から自らの発信へ。

変えなければ、届けたい人に届かない。

そう決めて、今、全力で準備を進めています。

育児の合間の15分が、積み重なれば大きな一歩になる。

どんなに時間がなくても、どんなに怖くても、挑戦はできるのだと、私は今、身をもって感じています。

 私が見つめる未来

日々大変なこともあるけれど、私は娘たちに完璧な母親である必要はない、と言い聞かせています。

それよりも、挑戦し続ける母の背中を見せたい。

妊娠中、「私のせいで苦しい思いをさせてしまった」と自分を責めたこともありました。 でも、今は違います。
娘たちは、私が命がけで産んだ宝物。
そして私自身も、あの苦難を乗り越えてここにいる一人の人間です。

障がいがあっても、時間がなくても、過去にどれだけ辛いことがあっても、自分の人生を諦めない。
そんな姿を、娘たちに見せていきたいのです。

そして、私にはもう一つの夢があります。
お金も仕事も自信もなかった「ないない尽くし」の過去の私や、心身ともに傷ついた女性たちに、占いを通して自分自身を見つめ直すきっかけを届けたい。

そう、伝えたいのです。
妊娠中の壮絶な日々も、歩けなくなった絶望も、全ては今の私を作るための道のりでした。

育児をしながらも、挑戦する。
母親でありながら、私自身である。

限られた時間の中で、私は「私」という未来を、決して諦めません。

双子の母、ときどき占い師。 これが、私の生き方です。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

この記事を書きながら、改めて思ったことがあります。
どんなに大変な状況でも、「私」を諦めなければ、必ず道は開けるということ。

今、私はストアカで講座を準備しています。
育児や仕事で時間がない方でも、隙間時間で自分自身を見つめ直し、未来に希望を持てるような内容にしたいと考えています。

もしよければ、LINEやInstagramでもつながってください。
日々の気づきや、占いのミニ情報を発信しています。

あなたの「未来に向けた挑戦」を、心から応援しています。


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