大丈夫のすれ違い
「大丈夫です」
この一言ほど、現場とシステム開発側で意味の違う言葉もないかもしれません。
新システム導入の際に繰り返されるあるあるではないでしょうか。
私はもともと現場なのですが、今回はなるべく中立な立場で双方の状況を見つめてみたいと思っています。
現場が求めているのは「安心して明日から仕事が回せる状態」の大丈夫。
一方で、システム側が口にする大丈夫は、「最低限の機能要件が期日までに実装できた状態」のこと。
同じ言葉でありながら、まるで別の国の言語のように、認識の階層がずれているのです。
たとえば導入初日など、現場では「これ、どうやって入力するんですか?」「昨日までのデータはどこに?」と不安の声が飛び交います。
システム側は「マニュアルに記載があります」と冷静に答える。
しかし現場が求めているのは理解ではなく、具体的な支援なのですよね。
「わかっているけど、明日から現場は回らない」という叫びが、そこにはあります。
現場にとっての大丈夫は、安全保障の言葉です。
慣れない操作に戸惑い、間違えたら迷惑がかかる。お客様対応が遅れるかもしれない。その不安を解消するための大丈夫を求めています。
一方でシステム開発側の大丈夫は、成果の確認の言葉といったら言い過ぎでしょうか。
仕様書通りに動く。想定されたエラーも処理される。テストをクリアした。
それなら大丈夫という判断。
つまり、機能面の完了をもって大丈夫としてしまうのです。
現場の大丈夫が「明日が怖くないこと」という未来への保証であるのに対し、システム側の大丈夫は「これまでの計画に間違いがなかったこと」と真逆の時間軸からの判断なのだと思います。
このズレが埋まらないまま導入を迎えると、必ずといっていいほど軋みが生じます。
現場は「現場を知らない人が作った」と嘆き、システム側は「使いこなす努力をしてくれない」と嘆く。
どちらも正しい。
けれども、どちらも一方的な正論なのです。
では、どういう進め方が理想的なのか。
たとえば、導入支援の現場に立ち会ったときのこと。
システム担当者が説明会を終え、安堵の表情で「これで大丈夫です」と言った瞬間、現場の責任者が小声で呟きます。
「いや、大変なのはこれからなんですけどね」と。
その言葉に、すべてが凝縮されていると思います。
リリースはゴールではなくスタート。
完成は使えるとは同義語ではありません。
むしろ、現場にとってはここから本番です。
だから、まず必要なのは「大丈夫の定義を合わせること」。
システム側の大丈夫とは、機能が動くこと。
現場側の大丈夫とはちゃんと使えること。
この二つの交点にこそ、本来の完成があるのだと思います。
大丈夫の意味の違いと言いましたが、もっと言えば「完成」の概念そのものの違いがあるということです。
システム側にとっての完成は「設計書通りに動作すること」。
現場にとっての完成は「業務がスムーズに回ること」。
システムと食べ物を比べたらいけないかもしれませんが、たとえばいつも通っている町中華。
美味しいチャーハンが食べたくて行ったのに、店長が変わっており、とんでもなく不味いチャーハンを提供されるはめに。
現場が欲しいのは、「これまでどおりの美味しいチャーハン」かそれ以上のもの。
一方、新たな店長が出すのは、それもそれでチャーハンではあるのですよね。
つまり、モノの完成とコトの完成の違いです。
そもそも、その新しい店長のレベルでお客様に商品を提供していいのか、という判断もあるかとは思いますけど・・・。
現場が欲しいのは単なるチャーハン(モノ)ではなくて、これまで好きな味だったあの人が作るチャーハン(コト)なのですよね。
だから、もう一度システムに戻りますが、本当の完成とは操作性の滑らかさや、扱うスタッフの不安(イコールお客様の不安でもあります)が消える状態のことかと。
それはマニュアルでは測れません。
むしろ現場が安心して笑顔で使いこなしている姿こそ、真の完成形なのだと思っています。
このギャップを埋める鍵は、「共に現場に立つ」ことではないでしょうか。
システム開発者が現場の一日を実際に体験し、汗を流し、声を聴く。
そこにしか、本当の要件定義は存在しません。
机上での想定業務フローと、現場での実際の流れは似て非なるもの。
「現場の声を聞いたつもり」が最も危険です。
聞いたではなく「感じた」ときに初めて、本当のシステムは育ちます。
システムのことをまったく分かっていないのに偉そうにすみません。
そしてもう一つ。こちらは私も分かっていること。
現場側にも、自分たちの大丈夫を発信する責任があります。
「これでは不安です」と正直に伝える。
「こうしてもらえたら安心です」と提案する。
受け身で文句を言うだけでは、ギャップは永遠に埋まりません。
大丈夫とは、相手に依存する言葉ではなく、共に育てるキーワード。
開発側の誇りと、現場側の安心、この二つが合わさって、初めて信頼関係が構築されます。
その信頼こそが、本来のシステム開発のためのチーム力なのだと思っています。
人間関係でも同じ。
「大丈夫?」と訊く人と、「大丈夫です」と答える人の間には、いつも少しの温度差がありますよね。
けれども、その差を埋めようとする対話の積み重ねこそが、信頼の基盤です。
「大丈夫」とは、確認の言葉ではなく、関係の言葉。
お互いの大丈夫の真意を探る努力を、私たちは怠ってはいけないのだと思います。
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