【きょうだい】夏休みが終わって、子どもたちの世界が少し広がっていた
「あと何回寝たら、幼稚園?」
夏休みの終わりごろ、
長男が聞いてきた。
一緒にカレンダーを見ながら、
幼稚園が始まる日を待った。
長男にとって、
今年は初めての夏休み。
幼稚園のない毎日を、
とにかく全力で楽しんでいた。
お友達と幼稚園の外で会ったり、
夏らしい行事を満喫したり、
祖父母にたっぷり甘えたり、
いとこたちと遊んだり喧嘩したり。
喧嘩したと思ったら、また遊ぶ。
その繰り返し。
見ているこちらまで、
「ああ、楽しいんだろうな」
とわかるくらい、
毎日を満喫していた。
だから私は、少し心配していた。
これだけ楽しい夏休みを過ごしたら、
幼稚園が始まったとき、
「行きたくない」
ってならないかな、と。
ところが。
「先生に話したい」が待っていた
幼稚園が始まる日が近づくと、
長男は意外なことを言い始めた。
「先生に、○○したって言いたい」
「○○くんに、夏休みのこと話す」
どうやら、幼稚園に行くことを
嫌とは感じておらず、
夏休みにあったことを、
幼稚園に持っていきたい気持ちが
伝わってきた。
私は、ちょっと拍子抜けした。
そして同時に、
「そうか。そういうこともあるのか」
と思った。
子どもにとって、
楽しかった場所と、好きな場所は、
必ずしも一つではない。
夏休みが楽しかったからといって、
幼稚園に行きたくなくなるわけではない。
むしろ、
「こんなことがあったよ」
と伝えたい相手がいることで、
またその場所に戻っていけることもある。
考えてみれば、大人だってそうだ。
旅行から帰ってきたら、
「聞いてよ!」
と話したくなる。
楽しかった出来事を誰かと共有することで、
その経験がもう一度、自分の中で味わわれる。
子どももきっと、似たところがあるのだろう。
夏休みの経験が、
幼稚園で誰かと話すことで、
また別の意味を持っていく。
そう考えると、
「幼稚園に行く」
ということだけを見ていた私より、
「幼稚園で話したい」
と思っていた長男のほうが、
ずっと先を見ていたのかもしれない。
そして、長男にとって
幼稚園がそれほど
“伝えたい相手がいる場所”
になっていることを嬉しく思った。
そして次男は、ことばが増えた
一方、次男には、
わかりやすい変化があった。
とにかく、言葉が増えた。
夏休み前と比べて、
「こんなに変わる?」
と思うくらい。
もちろん、2歳という時期そのものが、
言葉が大きく増えていく時期でもある。
だから、
「夏休みにたくさんの人と過ごしたから、
言葉が増えた」
と単純に言えるわけではない。
それでも、この夏の次男を見ていると、
人の中に入るって、こんなにも刺激になるんだな
と思った。
祖父母がいて、
いとこがいて、
兄がいて。
大人も子どもも入り混じって、
わちゃわちゃしている。
普段の家では考えられないくらい、
人がいる。
誰かが喋っている。
誰かが笑っている。
誰かが泣いている。
遊びたいものがあっても、
すぐには自分の番にならない。
言いたいことがあれば、
言葉にしないと伝わらない。
なかなかに濃い、人間社会である。笑
その中で、次男は
少しずつ言葉を覚えていった。
相変わらず、
「じぶんで!」
は多いけれど、
「○○したいね」
「○○いきたいね」と、
自分の思っていることを
言葉にすることも増えた。
言葉は「話せるようになる」だけじゃない
子どもの言葉が増えると、
「語彙が増えた」
「二語文が増えた」
というところに、つい目がいく。
でも、親として毎日見ていると、
それだけではない変化も感じる。
言葉が増えると、
自分の中にあるものを、
外に出せるようになる。
「これがしたい」
「ここに行きたい」
「これが嫌」
そうやって誰かに伝えられると、
ほんの少しだけ、
自分の世界を自分で動かせるようになる。
発達心理学では、子どもの発達を、
人との関わりから切り離して考えない。
心理学者のヴィゴツキーは、
子どもは人との関わりの中でこそ
育つと言っている。
もちろん、すべての発達が
「人に揉まれれば伸びる」
という単純な話ではない。
でも、今回の次男を見ていると、
「言葉って、頭の中だけで
増えていくものじゃないんだな」
と思う。
誰かに伝えたい。
伝えないと伝わらない。
伝わった。
また話したい。
そんな小さなやりとりの積み重ねの中で、
言葉が少しずつ「自分のもの」になっていく。
この夏、次男がたくさんの人に揉まれたことは、
彼にとって結構大きな経験だったのかもしれない。
子どもは、家の外でも育っていく
子どもの成長というと、
昨日できなかったことが今日できた。
言葉が増えた。
自分で着替えられた。
そんな「できること」の変化に目が向きやすい。
でも、この夏の2人を見ていて思った。
成長って、
できることが増えるだけじゃなくて、
自分の世界が広がることでもあるんだな。
長男は、幼稚園とは別の世界で、
友達や祖父母、いとこたちとの時間を過ごした。
そして、その経験を
幼稚園に持って帰ろうとしている。
次男は、普段よりずっと
多くの人の中で過ごして、
「こうしたい」
「こう言いたい」
を、少しずつ言葉にするようになった。
二人とも、家の中だけでは経験できないことを、
たくさん経験した。
親が「成長させよう」としたわけでもない。
特別な教材を用意したわけでもない。
ただ、夏休みを過ごした。
遊んで、
食べて、
喧嘩して、
泣いて、
笑って。
その中で、いつの間にか何かが増えていった。
そして母は、ちょっと寂しい
夏休みが始まる前は、
「長いなあ……」
と思っていた。
2人を毎日どうするんだ。
兄弟喧嘩も増えるだろうな。
私、ちゃんと乗り切れるかな。
そんなことを考えていた。
実際、しんどい日もあった。
「もう早く幼稚園始まってくれ!」
と思った日も、もちろんある。
なのに。
終わりが近づいてくると、
なんだか寂しい。
子どもたちは、ちゃんと
次の生活へ進もうとしている。
長男は、
「先生に話したい」
と言っている。
次男は、
「ぼくも幼稚園!」
と言っている。
……いや、あなたはまだですけど。笑
長男が幼稚園のバスに
乗っていくのを見送った、その日。
次男が、
「ぼくも、ようちえん……」
と泣き出した。
まさかの登園希望。
ついこの前まで、
幼稚園なんて自分には関係ない顔をしていたのに。
子どもの世界は、こちらが思っているより
ずっと速く広がっていく。
そして親は、
「大きくなったなあ」
と思った次の瞬間に、
「いや、まだ行かないで」
と思ったりする。
成長は嬉しい。
でも、ちょっと寂しい。
その二つは、普通に同時にあるらしい。
今年の夏休み。
長男と次男は、それぞれのやり方で、
少しだけ家の外へ世界を広げた。
私はその後ろから、
「そんなところまで行ってたの?」
と、少し驚きながらついていった。
夏休みは終わった。
でも、子どもたちの夏休みは、
きっとこれからもどこかに残っている。
次に幼稚園で、誰かに話す言葉になったり。
次に誰かと遊ぶときの振る舞いになったり。
ふとした瞬間の、
「これ知ってる」
になったり。
そうやって、経験したことが
少しずつ子どもの中に混ざっていく。
それを全部見届けることは、
たぶんできない。
でも、ときどき振り返ったときに、
「あれ、この子、いつの間に
こんなことできるようになったんだろう」
と気づく。
育児の面白さって、
案外そういうところにあるのかもしれない。
「夏休み、終わっちゃったなあ」
と少し寂しく私も、
まあ、悪くなかったな。
と思えてくる。
…とはいえ。
「ぼくも幼稚園!」
と泣く次男を抱えながら
「それはもうちょっと先でお願いします」
とは、まだ思っている。笑
