連載小説『私の 母の 物語』 五十八 (566)
姉夫婦が来てくれたものの、もう母には義兄のことは認識できない。食事の時間になって食卓につくと、「この人は誰?」という顔で義兄を見た。無理もない。ゴールデンウィークやお盆、年末年始ぐらいしか義兄に会わないのだ。ただ、母という人はこんなときでも直接本人に「あなた、どなた?」と尋ねることも、姉やわたしに「この人は誰よ?」と尋ねることもしない。誰かは分からないけれど、姉やわたしの接し方から近しい人だと見当をつけて、失礼のないように黙っている。そういう自制のきく人である。
もっとも一緒に食卓を囲んでいるうちにだんだん義兄に慣れてきて、口は利かないものの義兄を見る顔つきもだんだん変わってはくる。二日目になると、そうまじまじと義兄を見ることもなくなる。
ただ、一緒に食卓を囲んでも、もう母はわたしたちと同じ食べ物はほとんど食べられない。数少ない姉夫婦との団欒で同じ食べ物を食べられなくなったのはさみしくはある。しかし、姉夫婦が泊まってくれたときに母が体調を 崩さずに一緒に食卓を囲めるだけでも幸いと考えるべきなのだろう。
体調に大きな変化はなかったものの、十四日の訪問看護では左手の掌の皮膚がふやけているので、どうやら水虫になっているようだとのことだった。さらに十五日の就寝前に尿パッドを替えようとすると、また肛門部から出血していたので、また薬を塗らなければならなくなった。肛門部にはこれまでと同じくリンデロン軟膏とワセリン、掌にはニゾラドールを塗る。ほんの数日で身体の状態が変わるので油断はならない。一方で、お盆をはさんだ一週間ほどは手足の痛みを訴えることがほとんどなかったので、わたしとしては夜中や明け方に起こされることなく、よく眠れた。
とにもかくにもお盆も終わり、またいつもと同じ日常が戻ってきた。二種類の薬の塗布が増えたほか、わたしの介護はここ半年あまり続いているルーティーンとほぼ変わりがない。(続く)
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