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kanam
私は話すことができない
先ほどの記事の中で
「note、なかなかスキがつかねぇ」
ということをボヤいていたんですが
その記事を読んだ友人に
「そんなにnoteに懸ける熱い思いがあるんだね。人に読まれたいんだね。」
的な事を言われたのだが
その場でうまいこと言い返せなかったので
ここで長尺で言い返していこうと思う。
読まれたい。
うん、読まれたい。
もっと言うと
私は本当は、人と話がしたい。
でも、出来ないのだ。
人と会話をすることが、私は絶望的に出来ない。
私はわりとたくさんの思考量がある方だと思う。
それを「声を使って人へ届ける」ことが、とても困難な障害を持っている。
要は喋れないのだ。
スムーズに会話ができない。
自分の思いを飲み込んでしまう。
言葉が詰まって出てこなくなる。
子どもの頃の
親との関係からこうなってしまったらしい。
そんなわけで、私は人と会話ができない。
でも文章を使えば、昔からこうして自分の思いを形にできた。
私は普段、こんなことを考えていて。
私はずっと、こんな思いで生きてきて。
それを伝える手段が、私には文章しかなかった。
だから私は今、文章を使って話している。
話している以上は、誰かに聞いて欲しい。
その当たり前のコミュニケーションが私には難しかった。
だからここで話しかけている。
誰かに届くだろうか
届いたら嬉しいけれど
まあ届かなくてもいいや
とか綺麗事を言いながら
やっぱりスキはほしいです。
はい。
スキは欲しいです。
そういう承認欲求もちゃんとある。
でもそれだけじゃないんだよ。
ある意味、存在証明にも近いのかもしれない。
私ちゃんとここにいますよ。
色々考えてます。
考えてこうして生きてます。
それを文章の中でずっと言い続けていたと思う。
そんなわけで
友人にその場で伝えられなかったことを
ここまでの尺を使いオンラインに放流させていただきました。
伝わりましたでしょうか。
現場からは以上です。
