キレイな食べられない草と、エメラルドブルーの塩辛くて飲めない水
キレイな食べられない草と、エメラルドブルーの塩辛くて飲めない水
目次
灰色な生活の2026年夏
緑が教えてくれること
キタノ・ブルー
おわりに
灰色な生活の2026年夏
また、やってしまったぁ……。ペペロミアのレッドルナ、で、打ち止めにするはずだった。そう、読者ご明察の通りである。さらに買ってしまったのだ。もーぉ、十分だ、満足だ、もういい。これでいい。そう思ったはずだったのだが、なにが悪かったか、ペペロミアの美しさにはまり込んでしまい、ホムセンとDAISOでオブツシフォリアを買ってしまった。つやつやの翡翠色がとても美しく思えて、これがワシワシに生えたらきっと素敵だな、などと思ってしまったのである。そして、ホムセンでいつも気になっていたけれど、高いから手が伸びなかったアンスリウムのドラヤキも、近くのホムセンの値段が破格だからついつい買ってしまった。いやー、ホームセンターはよくない、こんな無職の灰色な生活者にとってはマジカルワンダーランドで、お財布のなかがいつのまにかマジカルマジック、無くなっている。
余談だがいくつか修正情報を出しておきたい。ストレプトカーパスの一種として紹介したプリティタートルは、どうやらプリムリナでもあるらしい。手元で育ててみたらストレプトカーパスとは葉の形状も、生え方も、随分違うから(むしろセントポーリアに似ている)疑っていたのだが、英語圏ではプリムリナとして売るほうが一般的なようだ、ただし花屋によってはストレプトカーパスとしているところもある●1。たしかに花の形状はプリムリナのほうが近いが、そんなこといったらプリムリナのリトルドラゴンとストレプトカーパスのトレイル種との類似はだいぶ説明が難しい気がする。ま、そういうことは植物学者に任せよう。
このストレプトカーパスだが、梅雨明けの常軌を逸した暑さの中で危うく枯らすところだった。最初はまだ大丈夫だろうと思っていたが、やはり30度超えで窓解放、扇風機のみという我が書斎の環境では辛かったようだ。先に逝ったのはセントポーリアで一気に葉が水気を帯びたまま暗い色になっていき、危ないと思ってエアコンの有る寝室兼居間に移した。こちらは五鉢のうち子苗の一鉢が逝ってしまったが、二鉢は成長点の新芽と茎だけになったもののなんとか持ちこたえ、ほかの大株は下葉を少し減らしただけで済んだ。この様子から一緒にストレプトカーパスも同じ部屋へ移したのだが、やはり苦しかったようでほどなくして葉に暗色のおおきなシミ、葉の淵の枯れが出てきた。いわゆる「溶ける」という現象で、だいぶ心配したがいくつか葉を減らしたものの幸いセーフだったようで蕾は失ったものの、残った葉もすこし縁枯れした程度で済んだ。秋口になれば新芽も出るだろうくらいには落ち着いたが、つくづく葉挿ししておいて良かったと安心した(こちらは家族の居間に取り込んだが、すこし葉焼けしていた、やはり午後の直射日光はきついらしい)。ストレプトカーパスは、セントポーリアよりは日光がほしいようで、花も十分に付けたいなら午前中だけ日が当たるような所が良いようだ(我が家の北向きのベランダがそうだ)。体感ではザミオクルカス・ザミフォーリアが育つくらいの日光がちょうどいいらしい。
またペペロミアのレッドルナに関しても、購入したのはむしろブルガンディ(バーガンディ)であるらしい。レッドルナに関してはどうやらルナブルーという品種もあるようで(もし同じ種苗家によって作出されたならルナレッドとなるはずだが、深く調べてみるとそう表記している写真もあった)、写真で見る限り両者に共通しているのは葉がつやつやしていることである。一方のブルガンディはレッドルナと同様に茎が赤く葉が暗赤色なのだが、葉脈が深く葉がまるでクルミの殻のようにしぼしぼになって、艶はないことが特徴らしい。他の違いは花穂の色で、レッドルナは黄味がかった薄緑、ブルガンディは白であるらしい。花穂が出るまで断定はしがたい。
そして、また買ってしまった原因こそがこのペペロミア・ブルガンディなのだ。たまたま空いていた烏泥(ウデイ)の小鉢に植え付けて軽石で土表面を覆ったのだが、ゲキ渋で超絶にかっこよかったのである。カイエンでもそうだが、なぜペペロミアはこんなに日本風に見えるのかについてはものすごく興味を惹かれた。そこで気がついたのは石との相性の良さである。ペペロミアの日本種はサダ(「まさし」ではない)ソウで、四国南部や九州、沖縄、台湾に自生しているそうだ●2。写真で見ると透き通るような深い翡翠色が大変美しく、その緑は多肉植物のグリーンネックレスを思わせる。樹林の縁や陰で岩の隙間や上に着生するのだそうで、苔と岩との相性が抜群にいいし、マメシダとも風姿の似たところがある。ペペロミアは全世界に親類があることを考えると、このサダソウもはるかむかしに日本列島に渡ってきて、あるいは日本列島とともに大陸を離れ、この環境に適応してこの姿になったと考えられる。だから、古代の国司が京から遣わされたその道すがらにもサダソウは生えていたはずだし、あるいは平家の人々が五家荘あたりへ落ち延びていく姿を、また中世の地侍が自分の領地を守ろうと戦っているのをサダソウの祖先は見ていたのであり、さらに近世の近江商人が津津浦浦へ商売にゆくので近くに来た姿さえもサダソウは見ていたことになる。そしてむしろ反対をいえば、彼らが見たものと同じ草を、わたしも見ることができて、「ああ美しいな」とか「なんだ草か」などと、おなじ感想を抱くことになる。そう、だから思ってしまったのである。「ああ、育ててみたいな」と。
いやしかしね、そんなかんたんには見つからんですよ、やっぱりサダソウは野草だし、なんといっても地味だから(でも、そこがたまらなくイイのよぉ)。んで、似た風姿はないかなと探したら、ホープ、ホバリアなどがひっかかるわけですが、あの緑じゃないんだよねぇ。印度翡翠のような、美しい、透き通るような、それでいて深い青みを帯びた緑。そして至ったのが、オブツシフォリアなわけですよ。ただし、こいつとは因縁があった。母方の祖父であるじじが、むかしむかしに育てていたのである。なかなか結構なおおきさのオブツシフォリアとレモンスカッシュの鉢植えを買ってきて飾っていたのだが、ペペロミアは切ったものを水に浸しておくと発根するのでじじが面白がって切り刻み、年々株が小さくなっていったのを覚えている(ハイカラ好きを気取っていたが、なんでもいじくり回して壊してしまう人だった)。とうじ保育園児だったわたしは、はじめこそ面白がったが、徐々にその生命力の強さが陳腐に思えて疎んじるようになったのを覚えている。ま、じじが陳腐にしてしまったんだけどね。あれから約35年を経てようやくペペロミアの価値が私の中で転換したわけだ。
ホムセンでようやく見つけたペペロミア・オブツシフォリア、さらにダイソーで見つけた小さないい苗を一緒にして、むかしむかし横浜そごうの屋上にあった山野草店で買った、一番上等の植木鉢(たしか当時1,800円だったが、ものすごくいい白で矢も楯もたまらずに買ったのである)に植えたのである。この鉢にはいぜんからロフォフォラを植えていたのだが、梅雨頃に大きくなってコンクリートの鉢に植え替えたのでちょうど空いていたのだ。表土を軽石の小粒で化粧してみると見事だった。ベージュがかった白地にキラキラと砂糖粒が光るような薬の溜まりが美しい植木鉢に、表土のマットなオフホワイトの軽石が明るさを添えつつ、印度翡翠を思わせる落ち着いたつやつやの玉の葉がコントラストを作っておりなんとも吸い込まれるような深さがある。2〜3時間眺めていて飽きないんだから大した観賞価値である(そんなに見てるのはオマエだけと、いうなかれ、マニアとはそういうものなのだ)。
観葉植物はいろいろなことを教えてくれる。たとえばペペロミアであらためて気付かされたのは、和風庭園というのは結局、石と組み合わせたときに出るある種の情緒なんだとということだ。なぜ石なのか、またその細粒化したものとしての小石、砂なのかといえば、おそらくそれは中国文明に由来するからだろうと思われる。水墨画、仙人図でもそうだが中国の泰山のような景色●3、あるいは李白の詩にあるような景色がよいものとして到来し、唐破風礎石建築・宮廷の導入とともに造園の概念も入ってきたと思われる(洲浜がそうよね)。だから基本的には、日本の草木砂石でもって再現された中国詩歌の景色というのが和風園芸の原型なんだろう。なぜこれが日本風になるのかといえば、用いる植物が日本列島のものだからだ。植物は光の当たり方、土の成分、季節の特徴から自分の姿形だけでなく、増え方まで決める。その土地の植物を使うなら、そして使い捨てでは済まないなら、どうしてもその植物の育成上の快適さ・育てやすさに合わせて意匠の変更を余儀なくされる。また日本列島で暮らす人間の好み、すなわち湿度変化や温度、海・山・川との距離といった気候特性やそこから調達される食糧との特性から成るものにも左右されるだろう。さざれ石であるとか、大谷石にやっぱり価値を見出してしまうだろう。中国文明の土着化した様式が、和風に過ぎないならそれとの距離の置き方が本質ということになるんだろう、和風そのものだけで深みを持つわけではないことになるのだが、ペペロミアひとつをとっても観葉植物はまことにいろいろなことを教えてくれる。
緑が教えてくれること
ペペロミアで止せばいいのに、誘惑に負けて買ってしまったのが南国から来たスキンダプサスのトレビーであり、またホヤである。スキンダプサスは東南アジア・太平洋諸島などが原産で、どうやら日陰でも育てやすいらしいこと、また成長も遅くて部屋で育てるには絶好の特徴を備えているらしいことも知っていた●4。出回り始めたときには、板に這わせる写真が多くて、葉にシルバーの斑が地と思えるほどに入りこれが光を受けると煌めくものの、上に向かって整列するように互生する様子が妙に不気味で、当初はあまり好まなかった。それが興味を惹かれたのは、板に這わせなくてもいいと知ったからで、最近はポトスのように垂れさせるのが主流であるようだ。これがオブツシフォリアの横にあったら、あるいはわが書斎の壁を彩るクリムトの絵画(のアートカレンダーの切り抜きを額装したもの)の横にあったらさぞかし映えるだろうな、などと考えてしまったのがまずかった。
そしてホヤのほうはといえば、カウダータスマトラの塩昆布のようなオシャレな葉っぱがまばらに付くその気だるげな風姿の渋さ、そして咲くと言われている花の美しさにやられてしまい、探している途中で見つけたクラシペティオラータのこれまたコンクリート壁と相性の良いモダンな色気にスマホ画面をタップする指がたじろいでしまい、買ってしまったのである●5。ホヤもまた日本南部から熱帯アジア、さらにオーストラリアにまで分布するガガイモ科のつる性植物で、日陰を好む点からジャングルで育つと思われるので、秋も深くなったら部屋に取り込まねばならない。いや、困ったなと今から頭を痛めている。
現在のところ外で育てているレックスベゴニア五種も元気で、猛暑と台風に痛手を受けながらも株が充実しているし、ケンフェリアも葉が牡丹の花のように叢生し、アンスリウム・ドラヤキのようなアロイド系も思いのほか大きく育ってくれている。夏は南国や熱帯を原産地とする観葉植物にとっては成長期で、なるべく出せるものは外に出して、大きく成長させるのが常なのだが、美しいきれいな葉が大きく青空に向かって伸びているのをうっとりと眺めていると、あるときから毎年思うことがある。わたしははじめから観るために買っているが、つやつやした美しく柔らかそうな若葉や茎は、美味しそうにもみえるもののこれは安易に食べてはいけないことである。
観葉植物には思いのほか毒のあるものが多い。アロイド系の毒性は有名で、クワズイモは日本南部にも自生しているから、中毒事件が起きたりもしている。これはシュウ酸カルシムが含まれているためで、今でも観葉植物として根強い人気のモンステラは全草に含まれていて食べてはいけない(実は完熟だとイケるそうだが、素人は安易に手を出すべきでないだろう)。しかしこれは知っているから食べないだけで、知らなかったらどうなるか、それも極度に飢えており、食べ物も飲み水も無いと成ったらどうなるのかを考えると、ツヤツヤした無毒そうなものを見つけたら齧ってみる、あるいは茎を折って水気を吸ってみたりするだろうなと思うのである。
「観葉植物なんだから、そんなことするハズが無い」と、いまのわれわれは断言できる、でも、いまから81年前のあのとき、南の島で、敵艦の攻撃を受けて重症を負い、命からがら島に流れ着いて、片方の腕はもう力も入らないようになって一人ぽっちでいたなら、あるいは食糧さえうまく届かなくなった南の島の小さな基地で、夜襲を受けて自らも手傷を負いつつ、足のもげた仲間を背負ってジャングルを逃げていたとしたらどうだろうか。飯も水もなく、血の匂いをさせながらジャングルにいるのは危険なように思える。猛獣も居れば毒蛇もいる、かといって日向は敵に見つかるし、日射病が怖い。元気なときに適切な医療の受けられる状態でさえシュウ酸カルシウムを含んだ植物をかじるのは命の危険があるから避けるべきだが、片手を失っていたり、足を砕かれしていたり、あるいは体を撃ち抜かれていたりしていたらかなり弱っているわけで、ほとんど間違いなく死ぬことに成っただろう。
美しい葉っぱ、柔らかく、透き通った緑でいかにも美味しそうな葉っぱはたべられず、渇きを癒そうにもエメラルドグリーンの豊かさでいっぱいの潤しい寄せては返す水は塩辛くて飲めない。抜けるような青空には燃え盛る太陽が浮かび、真っ白い砂浜は我が身を焦がすほどに熱い。元気なときなら、我が身の自由を寿ぐかのように感じる目のくらむような美しさも、瀕死のときには暗転する。一口かじれば毒に身悶えし一口含めば飲めない塩辛さに吐き出し、ジャングルの暗がりには得体のしれない獣の気配を感じ、陽の光のもとでは焼き焦がされる。環境のすべてが全身全霊でもって自分の、そして仲間の生を否定しているいるように感じることだろうし、それを絶望というのだろう。
キタノ・ブルー
南国での死を扱った映画として私にとって印象深いのは、キタノ・ブルーで知られる北野映画である。北野武の映画では『その男、凶暴につき』『3✗4X10月』『ソナチネ』『お〜いみんな、やってるか?』『あの夏、いちばん静かな海』『Kid’s Return』が初期作として思い起こされるが、よく取り上げられるのは左から3作までと最後に上げた1作と思われる。もちろん大島渚『戦場のメリークリスマス』や、市川崑『ビルマの竪琴』も思い出されるが、戦後世代の映画人が撮った南国の死として、特筆すべき点があるように感じられる。問題は死の扱われ方で、特別なものや、人生のフィナーレとしての死ではなく、目的のために量産される無名の死、手段として表れる無名の死が〈観察者〉の目線で表現される点にもっとも特徴があるだろう。これは従来の生きるための闘争として死ではなく、もはや生命維持程度の意味しか付与されていない現代の生存の概念において量産されるという、極めて数学的な捉え方に裏付けられている。つまり白紙の空間で目的・答えへ向かって「演習/実演/公式展開 “demonstration”」をする、という観る/観せるものが繰り広げられる場においては、人間がただただ数字同様の単なる存在に還元されて扱わることを端的に表現しているように見える。
もっともよく分かるのは独立作となった『Kid’s Return』で、リベラルなエリートを養成するはずの教育行政の現場が、戦後の平和社会における生存を強烈に志向するがために、経済秩序における管理者養成/不適格(と見なされる)者の切り捨てという強烈なファシズムの場、むしろひとびとを死へ誘惑する場へ変態してしまってい〈る〉(現代でも継続して強化されている)実際であろう。森本レオ扮する教師は卒業した生徒を覚えているくらいには生徒を見る気質であり、教師を志したときの情熱の表出として「バカモノが」と言うのだが、その一言程度で終わってしまほどに干からびきっており、教育行政における現場の(ムードに過ぎない)職務尺度に染まりきり、校舎の、教室の、それも授業という秩序の中からさえ出てこようとはしないほどに擦れ切っている。教育行政のその場では、個人の渇きや願いを掘り起こし、名付け、扱い方を教えるような人格や人生というものは存在せず、ただ平和経済体制に順応した組織的生存のために、個人の人格や精神の躍動は〈窓外=外界に目を向ける〉という形式で表現されるが、動機は無視され行為は圧迫される、つまり「生きる」という意味は意識が戻ることもなく病院で胃ろうにされたうえに生命維持装置に繋げられて、「臓器が動いているから生きている」という「生命維持状態」程度の意味しか持たされていない。生が「組織 “organization”」という集団に適合的な管理されたものでしかないならば、どんなに活発になってもそれは心電図の波形の違いくらいにしか意味を与えられるず、むしろ〈自らが〉生きることは〈自らの死〉に向かって〈活動する〉という死からの逆光によって照射されるよりほかない。しかし体制へ反抗して得た価値・死は結局のところ自分にしか意味を持たないものだから、その人の人生を知らない人は価値の存在さえ知ることはなく、死がもたらされる一瞬のうちに価値ごと掻き消えてしまい、あとにはただ残された者の記憶(それとて後を追うように死に向かう人)と死体だけが残ることに成る。
ほんらいこうした産業化された行政的・組織的な悪はエリート的なものとされてきたが、北野映画がシャープなのは、そのモダンで理性的な悪がむしろ大衆の堅気のさらに向こうに位置付けられる寅さん的なもの、躍動的で感情や不合理、本能的な生存表現の担い手として描かれるヤクザ・チンピラにまで拡張されて実践されており、そのなかで庶民・ヤクザ・チンピラがいっしょくたに〈生きながらに殺されている〉実際を描くことである。それは『その男、凶暴につき』で悪徳警官が岩城(平泉成)から菊地(芦川誠)、組織が仁藤(岸部一徳)から新開(吉澤健)へ代替わりするに過ぎず、吾妻(北野武)と清弘(白竜)の闘いとは、代替わりにともなう小競り合い・合理化に過ぎない点に現れている。劇中の抗争は警察機構を象徴する赴任したての腰掛け署長の吉成(佐野史郎)にとっても、あるいは後釜を狙う新開にとっても組織の汚れ仕事を引き受けてきたがために組織で影響力が大きくなりすぎた始末屋をリストラするという意味しかもたないが、吉成と新開もまた公式・非合法体制双方の代替可能な部品に過ぎない。結局のところ吉成・新開・菊地が体現するように、彼らにとっての「生きる」とは、組織の肩書や役割に応じてあてがわれた机・部屋・衣装・給金を得て既製服のような欲望を充実させる程度のものでしかないが、特筆すべきはそのブラックな有り様が、戦時中に日本軍がアジア侵略で行ったことと変わりないことだろう。
けっきょく日本人が行ってきた復興・経済発展とは、旧軍組織が体制として庶民を動員して行ってきたことを、国内経済活動の枠組みのなかで行ってきたに過ぎないのではないだろうか。一個師団を企業とし、学校を出れば一見すると志願制の形式で一斉雇用・徴用を行い、あとは経済活動・利潤の最大化・国家プロジェクトへの貢献という目的へと向けて徒競走させ、ロジスティックス・兵站は無視していく。国家にとってこんなに都合の良いシステムもないだろう。企業・師団が倒れても面倒を見なくてもいいし、一斉雇用に漏れ、またリストラされれば「自己責任」と知らぬ存ぜぬを決め込んでいればいい。ここに戦後の長きに渡って深刻に介入して手を貸し続けていたのはリベラリズムだろう。自由主義、市場経済、労働の自由を高らかに歌って追求し、組織にとって人間を交換可能な部品とみなすことを促進することで、中途採用市場を拡大し、個人にとっても企業にとってもリベラルな自己選択を謳歌する人生と社会が実現できると信じたわけだ。ケアという観点が無視されていることには、結局、育児・介護から無責任な戦後男社会という価値観の悲しい影法師としての彼らをあらためて発見できる。
転勤に次ぐ転勤は、家族にとって引っ越しに次ぐ引っ越し、子どもにとっては転校に次ぐ転校である。引越し先の隣近所がいい人とは限らない。また、子どもになにか障がいや病気があったりした場合、これは地獄だろうと思う。さらに家族に介護を伴う年寄りがいたならどうだろう、転勤が年寄りの認知症を誘発したら? 一個師団たる会社は責任を取らなくていいのだろうか。家族や自身の病気にしても、いい医者や病院が引越し先の近くに都合よくあるとは限らない、むしろ無いことのほうが多い。子どもの転校に次ぐ転校には、こういうときだけリベラルは都合よく「生命力があって」などと持ち出してくる。生命力って、本当だろうか? そうとしか説明ができない、という程度のものではないだろうか? つまり生命力というのは、水木しげるがラバウルで片手を失って生死の境を彷徨って、それでもなんとか持ち直したという説明がつかないものを説明しようとして出てくる、神話のようなものなのではないのだろうか? リベラルを標榜する人々は、日頃こういう質問にまったく向き合おうとしない、口先では「大事なもので…」などと取り繕うがうわべばかりだ(なぜなら経験がないからどう考えていいかわからないんだ、結果として不作為の無視、等閑視から問題の放置を結果してしまう)。
無生物のほうが圧倒的に多いという自然に即して考えるならば、生命とは奇跡であるにも関わらずなぜ彼らがそうするのかといえば、現在の地位・収入・評価をエビデンスとみなすこともできるからリベラリズムそのものに〈彼ら目線で〉疑う余地が無いからであり、そのマヌケぶりは育児で障がい児を持ったり、親や妻を介護するときになってようやく理解することに表れる。そしてそうなってみると介護看病生活に身を擦り切らせて、こんどは語る理屈も元気も持っておらず、押し黙ってしまうか、自らがささえた実際はファシズムへ変態したリベラリズムによって圧し潰されていく、哀れなものだ●6。ケアが無視されていることに気付かされた男たちは、みな社会の指導層によって黙殺されるか、無視されてきた。モテない上にもうだつの上がらない男はコメディに逃げるしかなく(『お〜いみんな、やってるか』)、語れない男は趣味へと追いやられていく(『あの夏、一番しずかな海』)。なぜならリベラルが育っていく公立進学校はもとより私立学校の殆どは入試を言い訳にして特殊学級すら持たないからであるし、宿題は生徒に家庭での役割や仕事、子どもといったあり方を認めないほどの分量が課されているからであり、その発想は全寮制の軍隊生活と大差はないからであるのだが、この組織が個人に激烈に迫ることで生存を軽んじ、人生を単一化することは路上で生きる人々にもシノギ・ノルマとして迫る点で変化ない。これに反抗するには「うるせーこのやろー」と言って組織の影になって生きるものを撃ち殺していくか、バットを振り回して暴れるほか無い。
結果として平和経済社会での殺し合いに疲れ死へ誘われ追い詰められた男たちは、真っ白い砂浜、エメラルドブルーの海、燦々と降り注ぐ太陽に鮮やかな緑に囲まれる地まで逃げ延びていくほかなく(寒冷地では立っているだけでも死ぬ恐れがある)、そこで何をするのかといえば「遊ぶのではないか」というのが北野武の回答だった。そして登場人物たちは南の島で次々に殺し、殺されていく。その眼差しが追悼のように見えるのは不思議なことではないだろう。日本人が海の向こうに渡って行ってきたことを、戦後は国内に持ち帰って経済活動の名目で行い、その無意味さに気がついたなら、いままでやってこなかったことをするほかない。死んでしまった彼らの代わりに、殺されていった彼らの代わりに、ことばを交わし、泳ぎ、歌い、ボールを投げて遊ぶほかない。
おわりに
わたしは今年も、こんどは美しいホヤの葉を眺めなら想う。もう「食べられるかもしれない」と思って見なくていいんだよ、「こうすれば食べられるかもしれない」と思ってみなくていいんだよと、心のなかで虚空にむかって呟く。そして仏壇に水道から汲んだきれいな水を供え、誰かへむかって祈る、「ごめんなさい、こんなことしかできないんです」、「のどが渇いたでしょうね、お水ですよ、たくさん飲んでください」、そしてまた「たくさん飲んでください」と。
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脚注
●1:wikipedia ”Primulina” https://en.wikipedia.org/wiki/Primulina, and “Streptocarpus” https://en.wikipedia.org/wiki/Streptocarpus, ref. 2026. 8. 17.
●2:wikipedia「サダソウ」の項目、https://ja.wikipedia.org/wiki/サダソウ属 、高知県立牧野植物園の植物データベースにも載っていたのでそちらを調べてみるのもいいだろう、2026年8月17日参照。
●3:東浩紀は最近おとずれたそうで、じつに羨ましい。
●4:wikipedia ”Scindapsus” https://en.wikipedia.org/wiki/Scindapsus、
●5:小川恭弘「ホヤ(サクララン)」、『趣味の園芸』https://www.shuminoengei.jp/m-pc/a-page_p_detail/target_plant_code-466、また「ホヤ」の項目、『ヤサシイエンゲイ』(京都ケエ園芸企画社)https://yasashi.info/ho_00011.htm、2026年8月17日参照。
●6:たとえば小林克也主演の『逆噴射家族』、またハナ肇主演『会社物語MEMORIES OF YOU』にはそういう視点が織り込まれているように思う。
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