世界の目が捉えた「お仲間内」の限界:北中米W杯で露呈した日本メディアの語学力・語彙力不足
スポーツの国際化、そして日本代表選手の欧州主要リーグへの定着が進む中、日本サッカーの国際的プレゼンスはかつてない高まりを見せている。しかし、その足元を支えるべき日本のメディア陣の「国際標準」への適応力は、悲劇的なまでに遅れていると言わざるを得ない。この冷酷な現実が白日の下に晒されたのが、北中米ワールドカップ(W杯)の現場である。
世界最高峰の舞台であるW杯には、当然ながら世界中の有力メディアが集う。各国の記者は自国の代表チームだけでなく、対戦相手や注目チームの動向を追い、メディアセンターやミックスゾーン(取材エリア)では国境を越えた情報交換や合同取材が日常的に行われる。そこはまさに、言葉を武器としたジャーナリストたちの知的な戦場である。
しかし、そこで目撃されたのは、海外メディアから突発的にマイクを向けられた日本メディア(公式な国代表として取材パスを発行されている大手各社)の、あまりに哀れな姿であった。
単に「英語が話せない」というレベルの話ではない。提示された質問の意図を正確に汲み取れず、パニックに陥り、辛うじて口から出るのは「Good」「Fantastic」「Samurai Blue is strong」といった、中学生でも使わないような貧困極まる単語の羅列のみ。戦術的な分析や、チームが抱える構造的な課題、日本サッカー界の歴史的文脈を踏まえた見解など、知的で深みのある「語彙」や「見識」は微塵も感じられなかった。
海外の記者たちは、日本代表の躍進の背景にある緻密な組織力や、Jリーグから海外へ至る育成エコシステムの本質を深く知りたがっていた。しかし、日本の取材陣が返したのは、ファンの一喜一憂と変わらない、中身の空っぽな定型句だけであった。取材する側であるはずの人間が、取材対象としての最低限の国際言語力と知識量すら持ち合わせていないというこの歪な構造は、海外メディアの目に「プロフェッショナリズムの欠如」として冷徹に映り込んでいる。
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