「痛いですよ」その一言で、注射の痛みが強くなる!?『病は言葉から』試し読み
ポジティブなイメージを持つだけで実際に良い影響が生まれる「プラセボ効果」。その逆の現象である「ノセボ効果」が、心理学・神経科学研究の進展によって今大きな注目を集めています。
医師が発する否定的な言葉、SNSやメディアが流す副作用情報などが引き金となって、治療効果が下がったり、薬の副作用が増えたりすることがわかってきています。ノセボ効果はなぜ生じ、どのような影響をおよぼしているのか?
世界的権威たちがその不思議な現象の正体に迫り、不用意な「言葉」から心身の健康を賢く守るための方法を解説します。
世界的に見ても珍しいノセボ効果の解説書『病は言葉から』の第1章冒頭部分をお届けします。

第1章 診察室における言葉の影響力
「まず何よりも、害をなすなかれ」。これは西洋で古代より伝えられてきた医師の倫理に関する宣誓文の一つで、医師たちは何世紀も前から、それを守ると誓ってきた。その原則は、研修の過程ですべての医師の頭に叩き込まれる。故意の不当な診療、患者を傷つける行為、その他の不正をすれば、どれも医師免許の取り消しにつながる可能性がある。しかし、医師が故意ではなく患者に害を及ぼしてしまったらどうなるだろう? 害の一つは、深刻な副作用を引き起こしたり、治療効果を弱めたり、さらなる治療が必要な事態を招いたりすることがある。それなのに、医師も患者も、さらには数十億ドル規模の売り上げを誇る製薬会社も、この害にはほとんど気づいていない。もうおわかりだろうが、ここで話題にしている害とはノセボ効果のことだ。ノセボ効果は、医師の暗示的な言葉や振る舞いから生じることもあれば、患者自身の否定的な予期から生じることもある。否定的な予期は、症状に治療が効くのかどうかに関する場合もあるが、副作用や副反応に関する場合もある。
副作用や副反応について知っていると、どうなるか?
インペリアル・カレッジ・ロンドンのアジェイ・グプタ博士と彼の研究チームは、ノセボ効果による副作用の研究で、アトルバスタチンというスタチン系薬の効果を調べる大規模な臨床研究に参加した患者を追跡調査した。スタチン系薬は血中のコレステロール値を下げる薬で、脳卒中などの心血管疾患を防ぐ。だがスタチン系薬には、筋肉の痛みや痙攣、筋力の低下といった副作用がある。副作用のうち、どの程度がノセボ効果によるのかを調べるため、グプタは心疾患のリスクのある患者を対象として、二つの段階に分けた調査をおこなった。第一段階では、患者は自分がスタチン系薬を服用しているのか、プラセボを服用しているのか知らなかった(さらに言えば、医師もどちらなのか知らなかった)。第二段階では、患者は自分がスタチン系薬を服用していることを知っていた。すると、第二段階では筋肉に症状が出たという訴えが三〇パーセント増加した。この違いは、スタチン系薬を服用していると患者が知っていたことのみから生じたのだ。
もちろん、副作用の報告が多かったこととノセボ効果は無関係だと考えることも可能だ。薬を服用していることがわかっていたので、筋肉の症状が出た原因について確信が持て、報告することへのためらいがなくなっただけかもしれない。その可能性はあるが、ほかの研究から得られた証拠は、そうではないことを示唆している。たとえば、性機能というテーマに関する別の研究で、イタリアの研究者であるニコラ・モンデイーニ博士たちは、前立腺肥大症の男性を調べた。モンデイーニらは男性を二つのグループに分け、それぞれのグループに、フィナステリドという薬について異なる情報を提供した。この薬は前立腺肥大の治療薬としてよく処方されるが、性機能や性欲を低下させる場合がある。モンデイーニは一つのグループに、性機能に影響を及ぼす副作用が起こるかもしれないと伝えた。一方、もう一つのグループには、薬を処方するとだけ伝え、副作用が何なのかには触れなかった。それから研究者たちは一人一人を一年以上にわたり追跡調査し、現れた副作用の数を記録した。すると、研究者たちが予想したとおり、性機能に関する特定の副作用について情報を知らされていた男性たちのほうが、性機能障害や性欲減退を起こしやすかった。この研究でも、二つのグループの違いは事前に何を聞いたかだけであり、薬そのものに違いはなかった。
ノセボ効果が起こるということを知るのはいいとして、なぜそんなことを気にしなければいけないのかと思うかもしれない。どのみち、薬のおかげで病気が治るのなら、少しくらい副作用が増えたところで誰も気にしないのではないか? ところが、実際にはまったく違う。何らかの治療を中止する一番の理由は副作用なのだ。スタチン系薬の場合、服薬をやめる患者は特に多い。ピーター・ペンソン博士らは、多くの研究から得られた証拠をまとめ、スタチン系薬の服用をやめた人のうち、副作用が理由だった人が最大で七八パーセントにのぼることを示した。ただし、彼らの多くがノセボ効果を経験していた。それは実質的に、患者たちは、薬自体のせいではなく否定的な予期のせいで服薬をやめたということだ。そして、服薬をやめるという決断に、必ずしも問題がないわけではない。治療を中止すると、危険なことが起こる場合がある。血中のコレステロール値を正常範囲内に保つためのスタチン系薬を服用しなければ、コレステロール値が高いままになり、心臓発作が起こるかもしれない。このことから、ノセボ効果がもたらす結果は、容易に深刻な事態に発展しうることがわかる。
吐き気と学習
過去に副作用を経験した人は、それ以降、ノセボ効果を受けやすいかもしれない。人間は、出来事同士を結びつけること、さらに、特定の感情をそれらの出来事と結びつけることを学習する。そのような出来事を思い起こさせる何かに遭遇したら、学習した反応として、過去に経験したのと同じ感情を味わう可能性があるのだ。たとえば、ある曲があなたの結婚式で演奏されたら、その曲はそれからずっと、あなたを幸せな気持ちにすることができるが、同じ曲でも父親の葬儀で演奏されたら、あなたは逆の感情を抱くかもしれない。これと同じことが、体の反応や症状についても起こることがある。たとえば、食べ物と吐き気の関係がそうだ。
学習が副作用につながることがあるという考えは、初めは奇妙に思えるかもしれない。しかし、パブロフの犬が、餌をやる前にベルの音を鳴らすと、それだけで反射的によだれを垂らすようになったように、体の生理反応システムは自発的に食べ物の消化への準備をすることがある。食べ物と結びつく何かを見たり、聞いたり、その匂いをかいだりすると(冷蔵庫のドアが開くのを見たり、その音が聞こえたり、焼き立てのパンの香りがしたりするなど)、予期反応が引き起こされ、インスリンなどのホルモンが分泌される。だから、オーブンからパイを取り出したときに唾液が出てきたりするのだ。たとえ、実際には消化のための唾液がまだ「必要」でないとしても。このようなことが起こるのには、進化上の理由がある。体が食べ物の摂取に備えていれば、食べたものから最大限のエネルギーを得られるのだ。食べ物が乏しいときには、これによって生き延びる確率が高まる可能性がある。同じように、体に有害物質が入ってくる前に、体から有害物質を取り除く生理反応システムが活性化すれば有益だろう。二〇〇〇年、ズィビレ・クロスターハルフェン博士らは、予期症状が学習によって獲得された反応であることを示すため、ドイツのデュッセルドルフにあるハインリッヒ・ハイネ大学で実験をおこなった。博士たちは実験参加者に、縞模様のある大きな筒のなかに置かれた椅子に座ってほしいと求めた。筒は、実験参加者の周囲を回転する。筒の回転によって、人間の脳は、実際には自分が静止しているのに動いていると思い込み、乗り物酔いが起こる。実験参加者のうち半数は、回転する筒に入る直前にジュースを飲んだ。残りの半数は、一時間前にジュースを飲んだ。実験直前にジュースを飲んだ参加者たちは、ジュースの味に明らかな嫌悪感を抱くようになった。そのジュースをまた飲んでほしいと言われたとき、彼らが飲んだ量は一度目より少なく、一時間前に飲んだ実験参加者たちよりも少なかった。これは彼らが、ジュースと、乗り物酔いになることを結びつけたからだろう。
治療で嫌な経験をすると、吐き気と治療環境のあいだに結びつきが生じることがある。これは子どものリウマチの治療でしばしば起こる。小児リウマチを患った子どもは、メトトレキサートという薬の錠剤を定期的に服用するか、この薬の注射を定期的に受けなければならない。オランダのユトレヒト大学病院に所属するアレックス・ファン・デル・メール博士たちは、メトトレキサートの副作用を調べた。すると、三人に一人に近い割合で、子どもたちが予期性の吐き気を感じることがわかった。興味深いことに、吐き気を感じるタイミングは子どもによってさまざまだったが、すべての症例において、子どもがメトトレキサートの服用か注射を思い出させるものを見たときに吐き気が起こった。一部の子どもは診察室に入ったときに吐き気を催し、一部の子どもは注射器か錠剤を見たときに吐き気を催した。別の事例では、子どもたちは黄色いものを見ると吐き気を感じた。察しのいい方はお気づきだろうが、黄色はメトトレキサートの錠剤の色だ。大人なら、病気を治すために何とか吐き気に耐える必要があると自分に言い聞かせられるかもしれないが、これを子どもに説明するのは難しい。特に、子どもが幼い場合には困難だ。ノセボ効果による副作用を経験すると、人は薬全般に対して消極的な態度を取るようになることがある。残念ながら、このような態度によって、その人はよりノセボ効果を受けやすくなる。さらに、ノセボ効果は、副作用の範囲を超えて治療そのものに影響を及ぼすこともある。
本書への賛辞
「プラセボ効果の“邪悪な双子”であるノセボ効果――この分野のパイオニアたちによる優れた解説書」
アーヴィング・カーシュ(ハーヴァード大学医学部プラセボ研究プログラム副主任)
「言葉は私たちが世界をどう経験するかに大きな影響を及ぼし、その経験は身体や健康をも左右する。本書で第一線の研究者たちは、その驚くべきメカニズムを解き明かす」
ジョン・バーグ(イェール大学心理学・認知科学教授)
目次
【第1部 言葉と健康の不穏な関係】
第1章 診察室における言葉の影響力
第2章 新型コロナと史上最大のノセボ効果
第3章 心理療法が害を及ぼすとき
【第2部 ノセボ効果はどのように働くか】
第4章 脳が薬の効果を変える
第5章 心はどうやってノセボ効果を作り出すのか
第6章 ほんとうにノセボ効果?―哲学的に再考する
【第3部 どう対処すべきか】
第7章 ノセボ効果から自分を守る
第8章 悪い知らせを伝えるとき
第9章 医師にできること
【第4部 ノセボ効果で見る社会と文化】
第10章 高圧送電線の恐怖―環境とノセボ効果
第11章 メディアが生み出す副作用
第12章 文化に潜むノセボ効果
編著者
マイケル・H・バーンスタイン
ブラウン大学ウォーレン・アルパート医学部診断画像科助教。
シャーロット・ブリーズ
ハーヴァード大学医学部ベス・イスラエル・ディーコネス医療センターデジタル精神医学研究員およびウプサラ大学女性と子どもの健康科研究員。プラセボ効果やノセボ効果の倫理についての研究・執筆で知られ、その成果は「ワシントン・ポスト」「ガーディアン」「シドニー・モーニング・ヘラルド」などで取り上げられている。
コシマ・ロッハー
チューリッヒ大学小児病院コンサルテーション・リエゾン精神医学・心身医学科主任研究員。「PAIN」「American Journal of Psychiatry」「JAMA Psychiatry」「JAMA Pediatrics」などで研究成果を発表している。慢性一次疼痛およびプラセボ効果に関心をもつ研究者の国際ネットワーク「The Pain Net」の共同創設者でもある。
ウォルター・A・ブラウン
ブラウン大学ウォーレン・アルパート医学部精神医学・人間行動学科臨床名誉教授。プラセボ効果について40年以上にわたり研究してきた。
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