【不登校備忘録】内申書に潰されかけた話
この子を見ていると、ふと自分の中学時代を思い出すことがある。
あの頃の私は、学校に行っていなかった。
中学のテストは、自宅で勉強していたこともあり、80点以上は取れていた。
でも、学校に行っていないというだけで、評価は「1」だった。
内申書が壊滅的で、高校受験では選択肢がほとんどなかった。
公立しか考えられない家庭状況の中で、受けられる学校は限られていた。
結果として、進学校を受けるしかなかった。
選んだというより、そこしか残っていなかった。
不登校を引きずったまま入学した高校では、成績は思うように伸びなかった。
授業についていくことに精一杯で、大学受験の準備が整っている状態ではなかった。
模擬試験ではAAA判定だった公立短期大学にも、不合格だった。
学力と進路結果が一致しない状態が続いた。
高校卒業後も、成績証明書や調査書の提出が求められるため、状況は変わらなかった。
過去の記録が、そのまま進路を縛り続ける。
卒業後5年が経過すると、成績証明書などは発行されなくなる。
そのとき、初めて内申書の影響から離れることができた。
私はそのタイミングで看護学校を受験し、合格した。
不登校と内申評価、そして家庭の経済状況が重なると、進路の選択肢は大きく制限される。
努力だけではどうにもならない領域が、確かにあると感じた。
それでも今、腕の中で笑っているこの子を見て思う。
この子には、「どこにも行けない」と思う瞬間を、できるだけ少なくしてあげたい。
そのために何ができるのかは、正直まだわからない。
でも、少なくとも私は、この仕組みを知っている。
