2026年のネットの空気感が2008年のインターネットと同じ
インターネットのy2kって言うと、2008年あたりの2ちゃんねる文化っぽいものが代表例になっている。y2kとはインターネットのステレオタイプのことなのだから、急速に市民権を得たタイミングのランドスケープが代表例になっている。必然的なことだ。
Web2.0とかインターネット2とか叫ばれてた時代って、あれは言ってる人がつまらない以上に特異的にインターネットがつまらなかった時期だと思う。コロナ禍のことなんだけれど、陰謀論、ネガティブな話題や「シャバさ」が跋扈している割には個人の思想家やコミュニストが権威を持っていて、批評家は儲けているのに世俗性だけは拡張して、しかも全員が内気になっているので内輪グループで人間関係が割れていた感じ。
あのつまらなさは特異的だったし、インターネットはいま2008年と波長が全然変わらない。たとえば新しいアカウントを作ってXのおすすめタブをスワイプすればわかるんだけど、コメダ珈琲がどうのとかしぐれういの凄さがどうのとか自称正確な科学リテラシーがどうのとか日本の橋の頑丈さがどうのとか、ネット右翼寄りの勢いがすごい。
で、ネットミームの更新速度も凄い。漠然とした臭い波長というか、何かをageることで気持ちよくなったりガブリアス最強史とか吉田沙保里伝説みたいな「20年前に見た」って感じの物語も共有されている。これじゃまるでニュー速VIPだ。
クリエイテビティにしっかりホネがあるというか、面白いものが面白いのも昔のインターネット的。淫夢ネタ出すと淫夢のスマホゲーム、フラッシュゲームがにわかに注目を浴びていたけれど、エロフラで急に昆虫採集のゲームが出てくるやつとか人生オワタの大冒険みたいな波長を感じる。コロナ禍のネットミームと比べて、全体のレベルが上がったような気がする(ミーマーは憧れの存在ではなかった)し。
僕はいまのサブカルっぽいものを「サブカルチャーを自覚したサブカルチャー」だと思っていて、それって明確にオタクコンテンツと区別つける必要があるとも思っている。
サブカルは基本的にネトウヨっぽいオタクはコケにして相対化する(いわゆる、くねくねオタク)けれど、これもVIPがガキの巣窟だとバカにしていたニュー速・はてな・ふたば感がすごい。ちゃんとネトウヨを相対化する勢力とネトウヨっぽいオタクは分断されている。
そして低年齢層がしっかり1.5次創作に夢中なのも2008年感が凄い。ニコニコボカロ東方、歌い手は当然のこと、ゆっくり、scp、AU、UTAUなんかもしっかり世代交代してる。vtuberになりたい子供も特に08のニコ生と区別をつける必要を感じない。
これじゃまるで千本桜が投稿されていた頃にネットサーフィンしているみたいだ。固有名詞の数が増えたのは単に人口が増えたからだし、つまらない人たちが言っていた、「インターネット2」だの「web2.0」は図らずとも訪れてしまった。そしてその人らが何しているのかというと、今のネットに馴染めず浮いた存在になっている。もう堂々としているかが全てなんだから、批判的だったり相対主義のオタクも市民権あるんですよ、とは気づかれていないようだ。え?
