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oh gosh、oh boy

絵カードを見せる。「びよ……」まで出かかって、止まる。

2週間前にも同じ単語をやった。二回目のはずだ。

生徒さんは眉を寄せて、しばらく黙る。それから、英語が漏れる。

こういう時、私はまず待つ。急かさない。「先生、ヒントください」と言われたら、初めてヒントを出す。それでも出てこなければ、答えを少しずつ言う。「び」「びよ……」まで言うと、大抵の生徒は途中で「あ!」と気づく。答えを教えるんじゃなくて、生徒が自分で思い出すところまで、こっちは待つだけだ。

若い生徒さんが放送禁止用語を叫ぶと、私はわざとピーと音を鳴らす真似をする。生徒はすかさず「すみません」と謝る。自分でも自覚があるのだろう。

たぶん、一番驚いているのは本人なんだと思う。人前で言ってはいけない言葉を、丸める間もなく出してしまったことに。

年上の生徒さんは、そこを先回りする。oh gosh、oh boy——謝る場面まで行く前に、もう丸まっている。

面白いのは、この丸め方にも名前があるということだ。口癖が気になって時代差があるのか調べてみた。

英語には「minced oath」という言い方があって、タブーな言葉を音だけ似せて置き換えたものを指す。gosh は God の、darn は damn の婉曲形。つまり年上の生徒さんは、放送禁止用語を使わないんじゃなくて、すでに丸めた形でしか出せない。若い生徒との差は、感情の強さじゃなくて、出し方の「型」をどっちが先に身につけたかの差なんだと思う。これは社会的な立場も関係してくるのかもしれない。

新しい単語を教える時、生徒さんは、日本語を選びながら話す。文法を頭の中で組み立てて、間違えないように、一つずつ言葉を置いていく。それは真面目な生徒さんほど顕著だ。

でも、忘れた瞬間だけは違う。組み立てる余裕がなくなって、とっさに出るのは、母語の、一番飾らない言葉だ。

絵カードの前で固まっている生徒さんを見ても、だから私は焦らない。むしろどんな言葉を発するのか気になっている。この人は今、考える前に話している。

飾りが外れた一瞬に、生徒さんの素が見える。その素から出た言葉をメモして後で調べるのも楽しい時間だ。

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