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すべてを抱いて やさしい強さへ還る

-----ある日の仕事の帰り道

何だろう、

違和感、不一致感が強い

私は、今ここで一体何をしているの?

自分の存在に対する問いかけ。


見えないものの豊かさを

頭ではわかっているつもり。

でも、腑に落ちていないのかな?(・・;)


正直なところ、まだ新米である職場環境で、

デジタル操作の知識や技能が伴わず、

謎解きをしながら、

締切や責任に、もしかしたら必要以上に追われ

悪戦苦闘している💧

あれ、、?

心身の負荷の少ない仕事に変えて、

より自分の生き方や在り方を大切にする道へ

試行錯誤して、経験を積みながら

シフトしていくことを考えていたのに…😌


自分で心静かに内側を見つめた時、


どうしても、自力で何とかしようとしがちだと

気付かされます。


でも、わかりやすいくらいに、色々なことが

どうにもならない流れになります(・・;)


ぎゅっと握りしめているものを緩めて、

手放して、

チームプレイ、連携を促されているのだと、

気付かされます🌱

身体もかちこちで、循環が滞っている感覚。

“余白”がないと、

入ってこない、気付けないものは

たくさんあると思うのです。

ただ、信頼して委ねることは

甘えることや放棄することとは異なるだろうと

思います。


自分にとっての良いバランスを🫧

日々の今この一瞬に、

奇跡や“ある”ことの尊さは溢れています🌱


-----少し長くなってしまいますが、

以下、過去の体験や気付きを書き留めました

✳︎震災についての記載があります


私はかれこれ30年くらい、

緊張や不安、心配、こわさで、

心身をリラックスさせることが

とても苦手だったようです。

大人になって、徐々に気付き始めました。

何でこんなに疲れるんだろうと。

確かにデリケートさは自覚していました。

また、身近に感情の起伏が激しい人が

いたことも関係するのか、

どんなことにも動じない、

安定した状態でいたいなぁって、

ずっとトレーニングしてきたようなものでした

自分の目で見て、足を動かして、

できるだけ自分の五感で体験することは

いつからか私の信念のようになり、

東日本の震災の3日後くらいには

“現実を見なければ”との思いで

1人自転車で、

まだ重機の入らない
被災した地域へ向かいました

自分の五感で感じたその光景は

“何もない…”

途方もない空虚さ、虚無感、

ぽっかり心に大きな穴があいたような感覚


たくさんの人たちの悲しみが

溢れるように流れ込んでくる感覚


ただただ無心に、義務感に駆られ、

始まったばかりの教職員の勤務と

土日のボランティア活動を続けて心身は疲弊

そんな中でも、

私は“自分が何を感じているのか”

よく分からなかったのです。

(その頃に、知人のコーチングをしている方が話を聞いてくれる機会がありました)

それくらい、感情を感じないように

蓋をして生きていました。

今は、感情が少しずつ戻ってきたというか、

“怒り”もちゃんと感じて、表せる

“悲しみ”も、ちゃんと味わえる

“ぐちゃぐちゃな、ブラックさ”も
少しずつ認められるように、、(・・;)

どんな感情も、心や頭に生じる思いも

それが“リアルな私らしさ”であって

全部をちゃんと見てあげられる、

否定や排除せず、

認めて、受け入れて、表して、

寄り添うことができたら🏵️

ただそのままを。

それは、

本当の強さなんだろうな、って。


そういう自分との信頼の先に、

他者との大切な関係性が深まるのでしょう🌱



読んでくださった方、

ありがとうございます💐

良い1日をお過ごしください🫧🌱

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