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函熊駅伝4~復路~

2日目の復路は、8時にスタート。
11区は後藤さんだ。
熊石と乙部の町境までの15k。

日をまたいでいるが、
連続して走ったことになる。
熊石の海岸沿いを乙部方面へ向かって走る。

今日も気温が高く暑い日になりそうだ。
中継地点には、小さな滝がながれていた。
その滝でひと涼み。

今日も暑い1日が始まる


これも予期せぬ出会いの一つだ。

12区は巨晴君。
昨日は大人たちが酔っ払って行く中、
ままティと一緒に花火をしたり、
たき火を楽しんでいた。

火を作るのがうまく、
瞬く間に大きな火を作り、
山下さんの持ってきた薪を
一心不乱にくべていてた。

13区は江差のラッキーピエロまで。
ままてぃ、相変わらず美しいフォームだ。
途中、シラフラという景勝地がある。
「白い傾斜地」を意味するアイヌ語で
「シラフラ」と呼ばれ親しまれてきた。

シラフラをバックに

高さ20mほどの白い断崖が
約500mにもわたってそびえ立ち、
異国情緒あふれる美しい海岸線を形成している。

ただ異国情緒と言われても
どこの異国を指しているのか。
みんな口々に適当な国の名をだしている。

私はスペインといい、
水山さんはノルウェーと行った。
そして山下さんはアイルランドといった。

後日、山下さんがアイルランドの
モハーの断崖の写真を送ってきた。
まさに東洋のモハーの断崖であった。

暑くなってきたので、
湧き水で被り水を補給する。
乙部には、湧き水があちこちに
吹き出していて
飲んだり持ち帰ることができる。

5カ所ぐらいあるそうで、
今度は5カ所の水を
一堂に会し効き水をしてみよう。

14区は、江差から厚沢部道の駅まで6k。
比較的短い区間だが、最後の直線が長く
陽炎がたつはるか遠くに中継点が見える。

中継後暑くて動けなくなった父を、
叱りつけていた巨晴君がおもしろかった。

15区は鶉温泉までの10k。山下さんが走る。
やっぱり山下さんに来ていただいて良かった。

先ほど寄り道をした、
シラフラも山下さんの提案だった。

見識が広く、特にお酒の文化について詳しい
山下さんのお話をきくのはおもしろかった。

ただ夜、むくっとおきあがり
私の足首を掴んだ時は、怖かった。
山下さんは全くおぼえてないらしい。 

16区は古戦場跡までの10kは私。
昨日よりも少し標高を稼がなくてはいけない。

昨日同じようにきつく、そして昨日と同じく
アスリートスピリットがむくむく湧き出したが、
今日は残り3kの傾斜に心が折れた。

それでもトータル50分(k5)は
切りたいと最後はペースをあげて
たすきを渡した。今日も一番水を被った。

17区は長谷川さん。
今日の一番の難所中山峠越えの12k。

長谷川さんは、法政大学2年時に
山下りをはしっている。
その片りんを見てみたいと
山下り区間に配置したつもりだったが、
半分山登りというかなりきつい区間となった。

ただ下りに入った途端、
「若かりし頃の姿が見えた」とは、
後ろに車でついていた後藤さんの談だ。

18区は、二瓶さん。
きじひき高原登り口までの12k。
昨日に引き続き、迷いのない走り。
給水のたびに、
「もうペースを落とさないとやばいね。」
といいながら、ペースを落とさない。
落とせない。まさにイノシシ。

熊がでてきても突っ込んでいくんじゃないだろうか。

二瓶さんは、次の日大腸検査を控えていた。
その事もあって、検査用の準備食の
おかゆしか、食べていない。

朝うまそうなカールレイモンの
ハムで焼いたハムエッグにも
手をのばさなかった。

さすが
「七十にして己の欲する所に
 従えども矩のりを踰こえず」
である。

欲するままに走っても、
前に日には準備食しか
食べてはいけないという
ドクターからの言いつけをしっかり守った。
人としての熟成度合いが違う。

後日談だが、大腸検査は
無事何事もなく終わったそうだ。
ただ前日までの疲労で検査台で
足がつって大変だったそうだ。
男二瓶あっぱれである。

19区は、田原さん。
通しではなくスポット参戦。
LINEで送られてくる途中経過を
みながら今か今かと待っていたそうだ。
本当にありがたい。

通しのメンバーはすでに
満身創痍で走る気力なし。
本当にありがかった。

最終千代台までの20区は、
須藤さん、竹内さん、吉見さんの
3人で走ってもらった。

応援で玲子さんと森田さんもかけつけた。
玲子さんは駆けつけただけでは飽き足らず、
そのままアンカー区間の途中まで一緒に併走。

救世主のような、
ランニング教室の生徒さんたちが
最後の2区間に彩りをそえてくれた。

そして午後5時15分。陽が傾くなかゴール。
全20区間211k、函熊駅伝全コースを
襷でつなぐことができた。

ゴールには能登コーチの奥さんなっちゃんが
コーラを持ってまっていてくれた。
みんなでコーラと後藤コーチの差し入れのスイカで祝杯。

見切り発射でどうなることかと思ったが、
皆で区間配置をやりくりして、
ああだこうだいいながら
前に進んでいくのは、まさに人生そのものであった。

中継点という人生の様々な節目を
縁のあった人と協力しながら進む。
しかもそれが、この函熊駅伝のように
楽しい歩みであれば最高だ。

また来年少し輪を広げて
いつしか、この輪が北海道全体に
そして、日本全体に広がっていければと思う。
さらには日本を飛びだして、
本家モハーの断崖をこの目に
おさめてみたいものだ(壮大すぎるか)

いつかはモハーの断崖へ

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