右脳回帰とTUFTIが合体したら、現実の風景が変わり始めた
ちょうど1年前の4月末、わたしは正社員を辞めました。
そのすぐ後に、「右脳回帰」というメソッドの存在を知り、オンラインサロンに入り、日々のワークに取り組みはじめました。
「思考」ではなく「感覚」
「判断」ではなく「感じること」
それは、今までずっと左脳優位で生きてきたわたしにとって、まったく新しい視点でした。
そこから2ヶ月後。
「あ、右脳回帰した」という感覚がありました。
深く呼吸して、自分の“今ここ”に丁寧に戻る。
正しさよりも、やさしさ。効率よりも、余白。
少しずつ、でも確かに、「生き方の質」が変わっていくような感覚がありました。
ところが、右脳回帰して半年経ったころ、こんな風に思ったのです。
「なんだか物足りない。右脳回帰ってつまらないなぁ。」
そのときに書いた記事はこちら。
右脳回帰によって内側は穏やかになったけれど、その静けさに、どこか満たされなさを感じていた時期。
ちょうどそのタイミングで、わたしはTUFTIという考え方に出会いました。
TUFTIは、意図して現実を“選ぶ”という感覚を教えてくれるメソッドです。
未来の自分を先に決めて、そこに意識を置き、現実を選択していく。
「観察者の立ち位置から現実を動かす」
——このアプローチは、それまでの“整えるだけ”だった右脳回帰の世界に、ひとつの流れの方向性を与えてくれました。
今思えば、わたしにとって右脳回帰は「整える技術」であり、TUFTIは「選ぶ技術」だったのかもしれません。
右脳回帰で、感覚と静けさに意識を戻す。
TUFTIで、その静けさの中から、“次の現実”を決める。
この二つが合体したことで、わたしの現実は少しずつ、でも確実に動きはじめました。
……と言いつつ、最初はTUFTIを力んでやりすぎて、1ヶ月くらい体調を崩してしまった時期もありました。
“現実を動かしたい”という思いが強すぎたのかもしれません。
だけどある日、抜けた!と感じた瞬間があり、そこから流れが変わり始めたのです。
「意図が現実とつながった」と感じられるようになっていきました。
あの不調があったからこそ、わたしは、力みを手放すしかなくなって、本当はやりたくなかったことも、手放すしかなかった。
そうして残ったものが、今のわたしの“感覚の土台”になっています。
たとえば、焦りがなくなったこと。
以前なら「どうしたら…?」「間に合うかな?」と考えていた場面でも、今は「大丈夫。うまくいくって決まっているから」という静かな確信があるのです。
そして何より、現実が“騒がしく”変わるのではなく、じんわりと、風景の色が変わるように流れていくのを感じています。
右脳回帰だけでは、静けさの中にとどまっていたかもしれない。
TUFTIだけでは、意図が空回りしていただけかもしれない。
でもこの二つが合わさった今、わたしの中でようやく、「整え」と「選択」が手を取り合ってくれたように思います。
現実創造は、“何かをすること”ではなく、どこにいるか、どんな意図を持っているか。
そこに、すべての鍵がある。
この言葉が、いまのわたしにはとてもしっくりきます。
そして、
このnoteを通して、誰かの中にある“静かな違和感”や“うずうずする衝動”に、そっと届くといいなと思っています。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
