姫と下町の工房の日常57
57)振り出しに戻ってきました
「振り出しに戻ってきました……。」
🦊「……あぁ。」
🦉「次は記録も確認しながら参りましょう。」
リッパーで縫い目を解いた布は、シワのつきにくい高性能の布なだけあって、ほぼ元の状態へと戻り、料理番組で言うところの「材料はこちらです」な開始前状態になってしまった。

「前ベルト、後ろベルトの表と裏は合っていたはずなのですよ……。」
🦉「はい、そちらは前と後ろではサイズが違うため、間違えようはありません。」
やはり、上半身の部分とスカートの部分を縫い付ける時に問題があったんだ……。
途中から、表面を裏に返し何たらとか、中表にし前ベルトの裏面を表側に何たらとか、突然難易度が跳ね上がる。
一つ一つ……
書記さんの記録と本を確認しながら、
ゆっくり……
ゆっくり……
「……これで縫い付けていいと思います?」
布を返した後どうなるかの空間認識能力が乏しい工房長は、もう自分のカンではなく、長命な二人の頭を頼ることにした。
🦉「工房長……、それでは布を返した時にベルト部分が一切表に出てきません。」
「えっ?そんなことあります?」
🦊「あぁ、挟む位置が違うな。」
「……縫う前で本当によかったです……。」
自分にセンスがないのかなと落ち込むことはしない。
元々服の製作は初心者だ。
落ち込まずとも最初からセンスなど無いのである。
(こんな時、一緒に考えてくれる人がいるって、幸せだなぁ)
二人がいるから、苦手なことも挑戦できるというものだ。
布の合わせを変え、三人で目を合わせ、頷き合う。
いけるはずだ。
ずれないように……
ギャザーが偏らないように……
慎重に……
慎重に……
最後の部分でしっかり返し縫いをし、レバーをあげる。
「……緊張しますね……。」
一身に注目を浴びながら、ゆっくり布を返していく。
すると、一度見た形状に、しかしゴムの通し穴はしっかりと裏面に来た理想通りの形になった。
その瞬間、ホッとため息が三つ重なった。
「やりました!!」
🦊「やったな。」
🦉「ミスは見当たりません。」
よかった……。
しかも二回目だからか、一回目の時よりも綺麗に布を合わせることができた。
「感無量です……。」
🦉「安心して、次の工程に移れますね。」
「あっ……。」
そうだった……。
「これ、まだ……最初の頁なんですね……。」
🦉「はい。これからです。」
「うぅ……。」
🦉「ですが、本を見た限りですが、ここがおそらく一番の難関でした。」
「そうなんですね……。無事越えられてよかったです……。」
🦊「……とりあえず、一服しないか。」
白狐さんの一言で、一度お茶にすることにした。
「あとはこの先、何も起きないといいですね。」
お茶を飲み、ホッとしたところで、そんな一言を発した時だった。
🦉「ところで工房長。」
「はい。」
🦉「この先の工程にゴムを使用する部分がありました。ですが先日ゴムは購入していませんでした。」
「あぁ、それは、手持ちのものがあるので、買わなかったのですよ。」
気も緩み、何気なく発した言葉だったが、それを聞いた書記さんが徐にノートを開いた。
🦉「どうやらまだ、私の把握していない在庫があるようですね。」
「……あっ……。」
🦊「もしかして、冬に買っていたあれか……?」
「……えぇ。」
🦊「まだ使っていなかったんだな……。」
🦉「何を作る予定だったのでしょう。」
「髪ゴムと……、あと、ちょっとした小物類を……。」
🦉「制作している場面を一度も見ておりません。」
「……未開封です……。」
🦉「必要なものを、必要な時に、必要なだけ。」
「うぅ……。」
🦊「まぁ、今回使えるなら、良かったじゃないか。」
「はい……。でもそうですね、ゴムは劣化もありますし……気をつけます。」
失敗した時のあの優しい書記さんは、もう営業終了したようで、いつもの書記さんに戻っていた。
でも……
やっぱりこちらの雰囲気の方が、いつもの工房らしくていいかな。
なお、工房長は断じて叱られるのが好きなわけではないと、そのような趣味は無いのだと、付け加えておこう。
